穴井太
生涯
大分県玖珠郡(現・九重町)に生まれる。幼時に福岡県戸畑に転居。中央大学専門部経済科卒業後、肺浸潤のため帰省、療養ののち中学校教師の職に就く。1954年、横山白虹の「自鳴鐘」入会。1956年、北九州市で益田清らと「未来派」を創刊。1963年金子兜太の「海程」同人。1965年「天籟通信」をハガキ版で発行(のち俳誌形態となる)。1968年第4回海程賞受賞。1974年第20回現代俳句協会賞受賞。石牟礼道子を俳句に導き『天』(1986)を刊行したことでも知られる。
句集
研究書
- 『山頭火の世界』(本多企画 1990)
参考文献
- 金子兜太 編 編『現代の俳人101』新書館、2004年、158-159頁頁。
- 穴井太略年譜『穴井太全句集』 天籟通信 2015年 挟み込み栞
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.