穴山彦九郎

穴山 彦九郎(あなやま ひこくろう、天文16年(1547年) - 永禄2年(1559年))は、戦国時代の人物。穴山信君の弟[1]

略歴

穴山信友の子[2]。南部町中野村慈眼寺の位牌によれば、永禄2年6月4日に13歳で死去したとあるが、高野山成慶院所蔵「武田家過去帳」によると、没年は永禄2年3月29日とある。墓所は廃寺となった香積寺跡(山梨県南部町中野)に残る[3]

参考文献

  • 戦国人名辞典編集委員会編『戦国人名辞典』(吉川弘文館、2006年、44p)
  • 柴辻俊六編『武田信玄大事典』(新人物往来社、2000年、73p)

脚注

  1. 戦国人名辞典編集委員会 2006, p. 44.
  2. 柴辻 2000, p. 73.
  3. 穴山彦九郎の墓”. 2023年1月5日閲覧。
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