立江城
概要
天文18年(1549年)、信濃国の林城にいた小笠原長時は、武田信玄に敗れて紀伊国に逃れた。
阿波国で勢力のあった三好氏の招きにより、息子である小笠原長幸が、現在の徳島県小松島市大林町中村にあった中村城に残った。
弘治年間(1555年 - 1557年)、中村城を立江城に移転。
天正年間(1573年 - 1591年)、長幸の息子である小笠原兼幸が居館を構えるべく、立江城を築城した。(一説には長幸のときに立江城を築城したとも云われている。)
また兼幸は、秋元氏と婚姻関係を結びながら勢力を拡大していった。
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