立石寺 (飯田市)
立石寺(りっしゃくじ)は、長野県飯田市立石にある高野山真言宗の寺院。山号は千頭山。
| 立石寺 | |
|---|---|
![]() 立石寺 仁王門 | |
| 所在地 | 長野県飯田市立石140 |
| 位置 | 北緯35度25分55.6秒 東経137度47分3.7秒 |
| 山号 | 千頭山 |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 十一面観世音菩薩 |
| 創建年 | 天安元年(857年) |
| 正式名 | 千頭山立石寺 |
| 札所等 | 伊那西国三十三番札所第1番札所 |
| 公式サイト | 加喜の観音 飯田市 千頭山立石寺 |
| 法人番号 | 5100005009864 |
![]() 立石寺 立石寺 (長野県) | |
歴史
寺伝では、857年(天安元年)に宥範阿闍梨によって開山され、甲賀三郎兼家が大檀那となり隆盛した。その頃、一夜のうちに七尺余りの青石が地中より突出したるにより、寺名を立石、寺地を立石の里とし、兼家900余の鹿を射てその供養を営むため山号を千頭山とした。[1]
伊那谷では最古の真言宗寺院である[2]。江戸時代には将軍徳川家光から朱印10石を受けた。
本堂は寛文7年(1667年)旗本近藤重堯によって再建された。仁王門は延宝6年(1678年)の三間一戸の八脚門で、門前には寺標と2基の石灯籠がある。鐘楼門の梵鐘は、嘉吉3年(1443年)三河国設楽郡岩倉大神宮の鐘として鋳造され、文明元年(1469年)遠江国伊那佐郡安楽寺を経て文亀元年(1501年)立石寺に移管されたが、[1]雨乞いのために阿知川に投げ込まれたため歪んでいる。応永15年(1408年)、応永17年(1410年)銘の鰐口がある。[1]
当寺の本尊で長野県の県宝に指定されている「木造十一面観音立像」は秘仏であり、60年に一度に開帳される。平安時代中期から後期にかけての作とされている。鎌倉時代の1263年(弘長3年)の版木にも、その姿が残されている[2][3]。当地は柿の産地で、「柿観音」の別名があり、観音堂外陣には江戸の柿問屋が奉納した絵馬がある。
境内
画像
立石寺 本堂
立石寺 鐘楼門
立石寺 表門
立石寺 立石
交通アクセス
- 天龍峡ICより車10分。
脚注
- 『『下伊那史4巻』 下伊那史編纂会 代表 市村咸人』信濃教育会出版部発行、1961年。
- 立石寺(飯田市三穂立石)みなみ信州農業協同組合
- 長野県の歴史散歩編集委員会 編『長野県の歴史散歩(歴史散歩20)』山川出版社、2006年、200-201p
- 木造十一面観音立像八十二文化財団
- 立石寺木造天部形立像飯田市
参考文献
外部リンク
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