第139師団 (日本軍)
第139師団(だいひゃくさんじゅうきゅうしだん)は、大日本帝国陸軍の師団の一つ。
| 第139師団 | |
|---|---|
| 創設 | 1945年(昭和20年)7月10日 |
| 廃止 | 1945年(昭和20年) |
| 所属政体 |
|
| 所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
| 部隊編制単位 | 師団 |
| 兵種/任務/特性 | 歩兵 |
| 所在地 | 満洲 |
| 編成地 | 満洲 吉林省 |
| 通称号/略称 | 不屈 |
| 補充担任 | 関東軍管区 |
| 最終上級単位 | 第1方面軍 |
| 最終位置 | 満洲 敦化 |
| 主な戦歴 |
太平洋戦争 (ソ連対日参戦) |
沿革
1945年(昭和20年)に入り、関東軍は南方へ兵力の過半数を引き抜かれていたが満洲居留邦人15万名、在郷軍人25万名を「根こそぎ動員」、さらに中国戦線から4個歩兵師団を戻してなんとか74万人の兵員を調達した。さらに以前関東軍特種演習により本土から輸送させた戦車200輌、航空機200機、火砲1000門も健在であった。
しかし兵員の半数以上は訓練不足、日ソ中立条約違反を想定していなかった関東軍首脳部の混乱、物質不足(砲弾は約1200発ほどで、航空部隊のほとんどが戦闘未経験者。また小銃が行き渡らない兵士だけでも10万名以上)のため事実上の戦力は30万名程度だったといわれている。
同年7月、第135師団は「根こそぎ動員」の際に満洲で召集された邦人男子と、第77兵站警備隊、第79兵站警備隊、第80兵站警備隊を基幹に吉林省で編成された。7月末に編成が完了し第1方面軍に編入され、敦化で陣地構築を実施した。同年8月9日のソ連対日参戦以後、敦化でソ連軍の侵攻に備えていたが停戦となり、8月28日までに武装解除された。
第139師団は、同年7月の「根こそぎ動員」の際に編成された師団の一つである。同時に第134・第135・第136・第137・第138・第148・第149師団が編成された。
脚注
- 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』330頁。
- 『帝国陸軍編制総覧』1214頁。
参考文献
関連項目
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