第14戦闘飛行隊 (アメリカ空軍)

第14戦闘飛行隊(だい14せんとうひこうたい、英: 14th Fighter Squadron)は、アメリカ空軍第35戦闘航空団隷下の戦闘機部隊。青森県三沢基地に1987年から駐留し、戦闘機としてF-16を運用する。

第14戦闘飛行隊
活動期間1942–1945; 1947–1949; 1952–1953; 1966–1975; 1987–現在
国籍アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
所属組織アメリカ合衆国空軍の旗 アメリカ空軍
任務敵防空網制圧
基地三沢基地
装備F-16CJ
識別
第14戦闘飛行隊エンブレム [1]
第14写真偵察飛行隊のエンブレム [2]

任務

第14戦闘飛行隊は、F-16CJ戦闘機を用いて敵防空網制圧 (Suppression of Enemy Air Defence, SEAD) を行う[3]。

歴史

第14戦闘飛行隊は第二次世界大戦中、第14写真偵察飛行隊として創設された。アメリカ本土での訓練ののち、ヨーロッパで戦闘偵察任務に従事した。1944年5月31日から6月末までのフランスでの任務により、特別部隊賞を受賞。ノルマンディー侵攻作戦であるオーヴァーロード作戦や、オランダ空挺攻撃作戦のマーケット・ガーデンを支援するために出撃した。また戦後はドイツで爆撃被害調査を行い、1945年12月、アメリカに帰国し部隊活動は休止となった。

1947年11月には、ニューヨーク州のビンガムトンで同年6月まで予備役の偵察部隊として務め、1952年から1953年に朝鮮戦争に招集された飛行隊と交代するまで、ニューヨーク州のミッチェル空軍基地で兵員輸送部隊として活躍した。

1967年4月に偵察任務に復帰した同飛行隊は、テキサスでの訓練の後、ウドーン・タイ王立空軍基地(現在のウドーンターニー国際空港)に移動し、1967年11月から1973年8月まで東南アジアで戦闘任務に就き、2度の大統領殊勲部隊章を受けた。1971年の一時期は、東南アジアで唯一の偵察飛行隊であったものの、1975年6月、米国の東南アジアからの撤退に伴い、1987年の三沢基地への配備まで活動を休止した。

脚注

注釈

  1. F-16C ブロック50 登録番号 92-3892。2006年6月24日に撮影.

出典

  1. “Factsheet 14 Fighter Squadron (PACAF)”. Air Force Historical Research Agency (2016年10月11日). 2021年5月19日閲覧。
  2. Maurer, Combat Squadrons, pp.79–80
  3. “Broadbent, Sir George (Walter), (23 April 1935–20 May 1992), Squadron Leader, Royal Air Force”. Who Was Who (Oxford University Press). (2007-12-01). https://doi.org/10.1093/ww/9780199540884.013.u171341.
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.