八幡塚古墳 (つくば市)
八幡塚古墳(はちまんづかこふん、沼田八幡塚古墳/筑波八幡塚古墳)は、茨城県つくば市沼田にある古墳。形状は前方後円墳。茨城県指定史跡に指定されている(指定名称は「八幡塚」)。
| 八幡塚古墳 (沼田八幡塚古墳/筑波八幡塚古墳) | |
|---|---|
![]() 墳丘全景 (右に前方部、左に後円部。後背は筑波山) | |
| 別名 |
沼田八幡塚古墳 筑波八幡塚古墳 |
| 所在地 | 茨城県つくば市沼田 |
| 位置 | 北緯36度12分23.54秒 東経140度4分41.24秒 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 | 墳丘長90m[1] |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 出土品 | 人物埴輪 |
| 築造時期 | 6世紀前半 |
| 被葬者 | (伝)阿閉色命(初代筑波国造) |
| 史跡 | 茨城県指定史跡「八幡塚」 |
| 地図 |
![]() 八幡塚 古墳 |
概要
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後円部墳頂
八幡社が鎮座する。筑波山南西麓、桜川左岸にある古墳で、前方部を南南東に向ける[2]。うち前方部は遺存状態が悪かったため、1978年(昭和53年)度に推定復元されている。後円部墳頂には八幡社が祀られており、「八幡塚」の名称はこれに因む[3]。
墳丘復元に先駆けて茨城大学により発掘調査が行なわれており、墳丘規模や裾部の葺石・埴輪の存在が明らかとなった[2]。墳丘東の八幡池(周堀の一部と推定)からは人物埴輪[4]も出土している。築造時期は、埋葬施設の調査が行なわれていないため正確ではないが、出土埴輪から6世紀前半(古墳時代後期)頃と推定されている[2]。
筑波国造の領域では最大規模の古墳であり、初代筑波国造の阿閉色命(あべしこのみこと)[5]の墓とする説がある。
古墳域は1937年(昭和12年)に茨城県指定史跡に指定されている[3]。なお、本古墳の西方に横穴式石室を露出する円墳があるほか[2]、筑波山南麓には多くの古墳が分布することが知られる[3]。
規模
- 墳丘長:約90メートル[1]
- 後円部 - 3段築成。
- 直径:約58メートル
- 前方部 - 2段以上の築成。
- 長さ:約32メートル
- 幅:約35メートル
周堀については明らかでないが、前方部東側の八幡池を中心として墳丘東側では存在が推測される[2]。
文化財
茨城県指定文化財
- 史跡
- 八幡塚 - 昭和12年3月9日に指定、昭和47年12月18日に史跡範囲の追加指定[3]。
脚注
- 規模は現地説明板による。一方八幡塚(茨城県教育委員会)では、全長120メートル、後円部高さ約8メートル、後円部径約20メートルと記載する。
- 現地説明板。
- 八幡塚(茨城県教育委員会)。
- 出土文化財管理センター(常陸国風土記を見る - 常陸国風土記1300年記念(茨城県生活環境部生活文化課の「大好きいばらき生活文化情報ネット」内))内の「沼田八幡塚古墳出土の遺物【遺物】」参照。
- 『先代旧事本紀』「国造本紀」筑波国造条に記載の人物。
関連項目
外部リンク
- 八幡塚 - 茨城県教育委員会
- 沼田八幡塚古墳(ぬまたはちまんづかこふん) - 常陸国風土記を訪ねる - 常陸国風土記1300年記念(茨城県生活環境部生活文化課の「大好きいばらき生活文化情報ネット」内)
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