緑川亨
経歴・人物
東京府(現在の東京都)に生まれる[1]。立教大学卒業後の1950年(昭和25年)9月5日に岩波書店に入社し[2]、当時勤務していた吉野源三郎に師事した[1]。後に吉野が編集長を務める同社発行の雑誌であった『世界』の編集員となり[1]、主に講和特集の編集に携わった[1]。
その後は吉野の後継者として同誌の編集長を務め[1]、1978年(昭和53年)5月30日より岩波家以外で初の岩波書店の代表取締役社長に就任する[3]。社長退任後の1990年(平成2年)には『同時代ライブラリー』の刊行に携わり[1]、1992年(平成4年)から相模女子大学の理事長となり以後1996年(平成8年)までその職にあたった[1]。
脚注
- “緑川亨”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)株式会社DIGITALIO. 2023年2月19日閲覧。
- 『岩波書店七十年』(1987年3月27日、岩波書店発行)285頁。
- 『岩波書店七十年』(1987年3月27日、岩波書店発行)685 - 687頁頁。
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