縄金塔
歴史
縄金塔は唐の天祐年間(904年-907年)をかけて建てられた塔である。その名称の由来に関しては、建築時にある僧侶がその地から金の縄を四本掘りだしたのが由来として伝えられている。
清の康熙48年(1709年)に倒壊し、康熙52年(1713年)に再建され、康熙53年(1714年)に完成された。
南昌市の市民の間では縄金塔に鎮火消災の思いを込めていて、毎年の秋には縄金塔廟会(お祭り)を開いている。
建築の特徴
縄金塔の高さは約50メートル、一階の周りの長さは33メートルとなっている。塔の下には「千仏院」という寺が存在し、塔の下にあるが故に「塔下寺」とも呼ばれている。南昌市内の四大寺院になっている。
建物は江南の典型的な煉瓦構造の塔で、塔は7層8面の構造で内外の8つの形状がある。朱色の柱、緑のタイル、そして金のひょうたん型の屋根から建物の宗教的影響がみられる。 塔の各層は、4つの真の戸口、4つの偽の戸口、上下に錯綜する形で各層に建設され、戸口の形は、各層によって異なることがある。1階は月の扉、2階と3階は如意の扉、4階から7階は炎の扉、1つの塔に3つの戸口の形が存在することは、同じ種類の建物の中ではかなり珍しいことである[1]。
塔の中には鎮火の鼎が置かれていて、清の乾隆53年(1788年)に作られたものである[2]。
.jpg.webp)
大成殿
脚注
- “縄金塔. 中国南昌”. 2009年8月27日閲覧。
- 『豫章遺韵——従老照片看南昌』江西人民出版社。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
