織田絆誠
織田 絆誠(おだ よしのり)こと金 禎紀[1](キム・ジョンギ、1966年〈昭和41年〉10月23日 - )は、在日韓国・朝鮮人のヤクザ。指定暴力団・絆會会長。
おだ よしのり 織田 絆誠 | |
|---|---|
| 生誕 |
1966年10月23日(57歳) |
| 住居 |
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| 国籍 |
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| 職業 | 暴力団組長 |
| 活動期間 | 1984年 - |
| 団体 | 絆會 |
| 肩書き |
絆會会長 元任侠山口組代表 元神戸山口組若頭代行 元四代目山健組副組長 |
| 金禎紀 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 김정기 |
| 漢字: | 金 禎紀 |
| 発音: | キム・ジョンギ |
| 日本語読み: | きん ていき |
| 2000年式: MR式: |
Gim Jeonggi Kim Chŏngki |
来歴
18歳の時父親が服役し、張本組に預けられヤクザになった。数年後に若頭にまで抜擢されるが「山口組と喧嘩するな」を不文律とする酒梅組に嫌気が差し、指詰めをして脱退した。
1988年、織田の幼少時からの憧れであった四代目山口組倉本組組長・倉本広文(柳川組出身)から盃をもらい倉本組の若衆となった[5]。
1990年に起きた抗争事件「山波抗争」に参加し、銃撃事件の首謀者として逮捕、懲役12年の判決を受けて徳島刑務所に服役している[6]。
2015年(平成27年)8月26-27日、所属する四代目山健組が六代目山口組を離脱して、井上邦雄らが設立した神戸山口組の傘下となったため、同組所属となる。この時織田は山健組の一幹部に過ぎなかったものの神戸山口組直参に昇格し、最高幹部である「若頭補佐」の地位に就いた。さらに翌月には神戸山口組において若頭代行、四代目山健組において副組長に昇格し、公に出る機会も増加した事から報道でも「重要人物」として取り上げられる様子も見られた。
2017年(平成29年)4月、神戸山口組を脱退し任俠団体山口組を結成するも、同年9月には、神戸市長田区の自宅近くで古巣の神戸山口組系組員に襲撃される。乗車する車を囲む様に走行していた護衛車に襲撃者の車が衝突し、対応していた織田のボディーガードが拳銃で撃たれ即死する事態に発展した。
親族
脚注
出典
- “絆会会長の自宅に車突っ込む 運転していたとみられる30代男が出頭、容疑が固まり次第逮捕へ”. 日刊スポーツ (2022年6月7日). 2022年6月7日閲覧。
- “任侠団体山口組代表が父から学んだきわめて実践的な教え”. NEWSポストセブン. 2020年7月15日閲覧。
- “ヤクザの世界は人種差別がないと信じて、この世界に入った”. NEWSポストセブン. 2020年7月15日閲覧。
- “「任侠団体山口組」トップが私だけに語ったこと【独占激白】(溝口 敦)”. 現代ビジネス. 2020年7月15日閲覧。
- “在日3世の任侠団体山口組代表 従軍慰安婦や在日への見解”. NEWSポストセブン. 2020年7月15日閲覧。
- “【山口組3分裂】「神戸」割った男の図抜けた凶暴性 服役中、倉本組長に買われ若頭補佐に”. ZAKZAK. 2020年7月15日閲覧。
関連項目
- 神戸山口組 - 脱退した組織。
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