翟成
生涯
385年4月、前の首長の翟真は趙王を名乗った司馬の鮮于乞に殺された。営人は共に鮮于乞を殺し、翟真の従弟である翟成を立てて主とした。翟真の従兄の翟遼は黎陽に奔走した[1]。5月、後燕の慕容垂は常山に至り、翟成を行唐で包囲した。7月、翟成の長史である鮮于得は翟成を斬って慕容垂に降った。慕容垂は行唐を攻め落とし、翟成の衆をことごとく穴埋めにした[2]。
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