耶律道隠
経歴
耶律突欲と高氏のあいだの子として生まれた。後唐で生まれ、父が李従珂のために殺害されたときはまだ幼く、洛陽の僧にかくまわれて養育された。このことにちなんで道隠と名づけられた。遼の太宗が後唐を滅ぼすと、遼に入国し、外羅山の地に居をかまえた。性格は沈着冷静で、文武に才能があって、当時の人に認められた。
保寧元年(969年)4月、蜀王に封じられた。上京留守となった。乾亨元年(979年)12月、南京留守に転じ、荊王に徙封された。
統和元年(983年)1月、病没し、晋王に追封された。
伝記資料
- 『遼史』巻72 列伝第2
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