胡応麟
生涯
南京の官であった胡僖の子として蘭谿(現在の浙江省金華市蘭谿市)に生まれる。幼少より詩を善く書き、万暦4年(1576年)に挙人となる[1]。ただし万暦11年、14年、23年、27年の会試に及第せず、ついに官に登用されることなく、山中に居住し読書にふけり、貧しいながらも書物を収集し4万冊に及ぶ。学問の範囲は経史子集にわたり、儒家・仏教・道教に至るまでになった。編纂書・著作が非常に多い。
従来の史書においては「小説」のジャンルに入る著作があまりに雑多であると判断し、志怪・伝奇・雑録・叢談・辯訂・箴規の6種類に分類した[2]。
著作
脚注
- 池内宏、他監修『縮刷版 東洋歴史大辞典・上巻』臨川書店、1992年、P.194頁。
- 魯迅『中国小説史略 上』ちくま学芸文庫、1997年、P.28頁。
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