致道館
沿革

表御門(おもてごもん)
文化2年(1805年)、庄内藩七代目藩主・酒井忠徳によって創設された学問所に始まる。当時は現在の鶴岡市日吉町にあったが、文化13年(1816年)に八代目藩主の酒井忠器によって鶴ヶ岡城三の丸曲輪内に移された。明治6年(1873年)廃校。
東北地方に現存する唯一の藩校建造物で、孔子を祀る聖廟、講堂、御入間、表御門などの建物とその敷地一帯は国の史跡に指定されている[1]。昭和40年(1965年)から復元が始まり、昭和47年(1972年)から一般公開されている。
関連施設
- 致道博物館
- 聖廟舊趾碑(せいびょうきゅうしひ)
- 酒井忠徳によって創設された学問所の移転跡地に建てられた碑が残っている。
- 山形県立致道館中学校・高等学校
- 2024年(令和6年)4月1日に開校した山形県立中高一貫校。校名は致道館にちなむ。
外部リンク
- 庄内藩校 致道館
- ようこそ財団法人致道博物館へ - ウェイバックマシン(2000年10月19日アーカイブ分)
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.