芦屋市立山手小学校

芦屋市立山手小学校(あしやしりつやまてしょうがっこう)は、兵庫県芦屋市山手町にある公立小学校で、教育目標は、「笑顔かがやく」である。

芦屋市立山手小学校
Yamate elementary school
芦屋市立山手小学校
地図北緯34度44分18秒 東経135度18分11秒
過去の名称 精道村立山手尋常小学校
芦屋市立山手国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 芦屋市
設立年月日 1933年12月23日
創立記念日 12月23日
共学・別学 男女共学
学校コード B128210002471
所在地 659-0096
兵庫県芦屋市山手町8-3
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校

沿革

  • 1933年12月23日 - 『精道村立山手尋常小学校』として現在地に開校[1]
  • 1940年11月10日 - 市制施行に伴い『芦屋市立山手尋常小学校』と改称。
  • 1941年4月1日 - 国民学校令施行に伴い『芦屋市立山手国民学校』と改称。
  • 1947年4月1日 - 学制改革実施に伴い『芦屋市立山手小学校』と改称。
  • 1966年4月1日 - 岩園小学校の過密状態解消を目的に、同校から、大原町の全域を本校の校区として編入[2]
  • 1972年4月1日 - 朝日ケ丘小学校開校に伴い、当時の本校の校区の一部(山手町の芦屋市道朝日ケ丘線以北の一部の地域)を同校に分離[3]
  • 1978年4月1日 - 当校の過密状態解消を目的に、芦屋川以西かつ国道2号以北[注釈 1]の地域(三条町・三条南町・前田町・清水町・西山町・山芦屋町)を校区とした三条小学校が分離開校[4]。その際、4年生以下の一部児童が同校に転籍。
  • 1995年1月17日 - 阪神・淡路大震災により、開校以来の鉄筋コンクリート校舎などに大きな被害を受ける。
  • 1999年4月1日 - 三条小学校の閉校に伴い同校と統合し、同校の児童が本校へ転籍。同時に、震災で損傷した校舎の建替えの為、本校が旧・三条小学校々地に仮移転。
  • 2000年9月1日 - 新校舎使用開始に伴い現在地に復帰。それまでの仮校舎(=旧・三条小学校の校舎)は一部を除いて『三条コミスク』として現存。

校区

国道2号以北かつ神戸市境から宮川までの地域に相当する[注釈 2]、剱谷・奥山・奥池町・奥池南町・山手町・山芦屋町・東芦屋町・西山町・三条町・三条南町・船戸町・松ノ内町・月若町・西芦屋町・大原町1・上宮川町1・業平町1・前田町2・清水町2の全域。

※なお、市の教育委員会に届け出る事で、『1』の付いている各町は岩園小学校に、『2』の付いている各町は精道小学校に、それぞれ通学が可能になる場合がある[5]

卒業後の進路

基本的には芦屋市立山手中学校に進学するが、国立・芦屋市以外の公立・私立の、中学校・中等教育学校(芦屋市内・市外を問わず)へ進学する者もいる。

通学区域が隣接している学校

脚注

注釈

  1. なお、国道2号以南の芦屋川西岸の各町は、三条小学校開校以前より精道小学校の校区である。
  2. 但し、その地域内であっても、朝日ケ丘町・東山町については、朝日ケ丘小学校の校区である。

出典

  1. 芦屋市広報課 (2000年8月15日). 9月1日新学期始業式から通学 山手小学校新校舎が完成 (PDF). 芦屋市長. 2019年9月20日閲覧。
  2. 芦屋市公聴広報課 (1965年1月5日). 小学校の通学区域変更 実施は(昭和)四十一年度から (PDF). 芦屋市長. 2019年9月20日閲覧。
  3. 芦屋市公聴広報課 (1972年1月5日). 四月一日開校の仮称朝日ケ丘小 通学区域が決まる 山手・岩園両小の通学区域も変更 (PDF). 芦屋市長. 2019年9月20日閲覧。
  4. 芦屋市公聴広報課 (1978年2月5日). 六番目の小学校開設近づく 名称を『三条小学校』に 市会で審議中”. 芦屋市長. 2019年9月20日閲覧。
  5. 通学区域”. 芦屋市. 2019年9月20日閲覧。

関連項目

外部リンク

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