花園の迷宮
『花園の迷宮』(はなぞののめいきゅう)は、山崎洋子による日本の小説[1]。1986年、講談社より出版された。第32回江戸川乱歩賞受賞作品であり、彼女の作家デビュー作品である。
1度ずつ映画、テレビドラマ化されている。
映画
| 花園の迷宮 | |
|---|---|
| 監督 | 伊藤俊也 |
| 脚本 | 松田寛夫 |
| 原作 | 山崎洋子 |
| 製作 |
本田達男 中山正久 |
| 出演者 |
島田陽子 工藤夕貴 黒木瞳 野村真美 名高達郎 江波杏子 内田裕也 |
| 音楽 | 池辺晋一郎 |
| 撮影 | 木村大作 |
| 編集 | 市田勇 |
| 製作会社 | 東映京都撮影所 |
| 配給 | 東映 |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 118分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 8億円[2] |
1988年に島田陽子主演・伊藤俊也監督、東映京都撮影所製作・東映配給で映画化[2][3][4]。
原作とは大幅な改変がなされている[5]。主人公を遊郭の女主人・秋元多恵に変更し、原作の主人公・ふみ(冬実)は事件を見届ける役回りの脇役になっている。時代も10年下り、戦時下の昭和17年に設定されており、犯人こそ同じだが、犯行動機や背景は異なったものとなっている。
この映画での共演がきっかけで、島田陽子と内田裕也の交際が始まったが、後に破局した[6][7]。
キャスト
製作
- キャスティング
島田陽子は本作のオールヌードシーンに伊藤俊也監督との話し合いを続けながらも葛藤し[6]、内田裕也からの温かい言葉に救われ、以降付き合うようになったという[6]。
- 製作会見
東映京都撮影所(以下、東映京都)は、昔から映画人から怖いところとビビられ[8]、同じ東映京都で1973年に撮影された『三池監獄 兇悪犯』の事件以来、それが増幅し、東京の役者が東映京都に行くことを恐れ、東映京都初参戦の内田裕也が、1987年9月21日に行われた製作記者会見で[9]、「金属バットを持って乗り込む」と凄んだ(三池監獄 兇悪犯#エピソード参照)。製作が決定した時点では、メインキャストとして近藤正臣と小川真由美の出演が予定され[9]、近藤は1987年9月の製作発表会見でも出演者として告知されていた[9]。製作費8億円[2]。
- 演出
監督の伊藤俊也、撮影の木村大作とも島田陽子の印象が薄く[10]、『白昼の死角』などの出演作のフィルムを取り寄せて観たが[10]、顔の表情が乏しく、徹底的にしごかなければしょうがない、島田陽子を変えなければならない、という結論に達した[10]。島田は昨今の女優からはあまり聞かれないが、背の高いことを気にして出演作全てで猫背になっていた[10]。それでは惨めな感じになるので、木村はちょっとでもその姿勢が出たらすぐに注意した[10]。ヌードのシーンでは胸が小さいのを気にしてまた猫背になるので、木村が「外国の女優さんを見てごらんなさい。胸があろうがなかろうが気にしないから、ある種の美しさが出るんですよ」等と言って説得した。伊藤も木村も今迄にない島田陽子を作り上げたいと必死だった[10]。
- 美術&撮影
監督の伊藤は前作『花いちもんめ』でリアルなものをやったので、木村に「次は逆の虚構な世界をやってみたい。どうせ木村さんとやるんなら、ストーリーもハラハラドキドキ、映像もハラハラドキドキみたいな、原点の"さそり"に帰ってみたい。アイデアがあったら出して欲しい」と伝えた[10]。木村は脚本段階から伊藤に意見を出し、木村の意見は美術も含め脚本決定稿に反映された[10]。
日本最大の映画ステージである310坪の東映京都第11ステージに、9メートルの本物のエレベーター付き、地上3階、地下1階の総工費1億2500万円をかけ福寿楼の豪華セットを建設[2][5][10]。基礎工事から鉄骨を組み立て[10]、高さ15メートルを超える吹き抜け、巨大シャンデリア、ステンドグラスなどで見事に装飾され、建設に2か月の歳月をかけた。特撮でもクレジットされている木村が特撮も担当した[10]。空は実景、2階から上は絵を書いてもらい、ネオンはミニチュア等、合成が必要なシーンはこれらとセットと組み合わせた。ロケはほぼ無しで、このワンセットでほぼ撮影が行われた[10]。同じステージに遊郭のセットを組んだ『吉原炎上』では3階建てながら、2階に部屋がある設定にしたため高さが出しにくくなっていると木村が、美術の西岡善信に「3階に部屋を作って欲しい」と要望を出し、部屋を3階にも作った[10]。また木村と伊藤とで、「あれはどうやって撮ったんだろう、と思わせる映像を散りばめたい」と木村・伊藤・西岡と照明の増田悦章と相談しながら、福寿楼のセットを作った[10]。レトロ感を出すため、全体の80%でスモークを焚いた。原料は石炭で煙で顔が真っ黒になり、東映労組から「伊藤組粉砕!」と糾弾された[10]。カメラの木村はアメリカ製の作業用リフトを大阪で探してきて、大半がリフトに乗り撮影[10]。木村は『宇宙からのメッセージ』などでも使用したシュノーケル・カメラで、一部セットの内部を撮影したかったが、当時でもレンタル代金が1日100万円と聞いて断念し、リフトの下にカメラを仕込み、足の裏が見えるような低い移動のカットに使った[10]。ズームは使わず、9割は移動、フィックス撮影はほぼ無し[10]。木村は日頃カメラマンはあまり技術は必要ない、と思っていたが、本作で久しぶりに自身の技術を出し切ったと話している[10]。
テレビドラマ
日本テレビ開局35周年記念として、1988年3月29日に『火曜サスペンス劇場』枠で放送された(放送時間:21時02分 - 23時21分)。
映画版と同じ東映が制作した。こちらは原作に比較的忠実に作られている[5]。
- スタッフ
- 監督:斎藤光正
- 脚本:金子成人
- 音楽:佐藤允彦
- 撮影:水巻祐介
- 技斗:上野隆三
- スタジオ:東映京都撮影所
- プロデューサー:長富忠裕、田辺昌一、桑原秀郎、吉村晴夫、上阪久和、天尾完次
- 企画:小坂敬
- 制作著作:東映
- キャスト
脚注
- 『花園の迷宮』(山崎 洋子 - 辰巳 四郎):講談社文庫
- 「東映、新春第2弾『花園の迷宮』 山崎洋子原作のミステリー 島田陽子主演で映画化」『映画時報』1987年10月号、映画時報社、19頁。
- “花園の迷宮”. 日本映画製作者連盟. 2020年10月21日閲覧。
- 花園の迷宮 - ぴあエンタメ情報、花園の迷宮 | 映画 | WOWOWオンライン
- 東映テレビドラマLEGACY 第20回『花園の迷宮』
- “島田陽子さん「才能を尊敬していた」関係終了後も語っていた内田裕也さんへの愛”. 女性自身 (2022年7月27日). 2022年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月28日閲覧。
- ““国際女優”島田陽子をドン底に突き落とした内田裕也に山路氏批判の資格ナシ!”. 日刊サイゾー. (2011年1月4日)““国際女優”島田陽子をドン底に突き落とした内田裕也に山路氏批判の資格ナシ!”. 日刊サイゾー. (2011年1月4日)“DV癖も…トラブル“常習犯”内田裕也、本当の素顔!”. 芸能ZAKZAK. (2011年5月16日)
- 金澤満「風にふかれて気のむくままに 木村大作『劒岳 点の記』への道 第9回」『キネマ旬報』2009年3月下旬号、キネマ旬報社、158-159頁。
- 高岩淡(東映専務取締役)・鈴木常承(東映・常務取締役営業部長)・小野田啓 (東映・宣伝部長、役員待遇)、聞き手・北浦馨「本誌・特別インタビュー 『東映、'89年度の経営戦略 ●ヤング番組見直しと強化 ●大型娯楽時代劇『忍びの者たち』 吉永小百合『夢のかけ橋』等登場』」『映画時報』1987年10月号、映画時報社、13–14頁。
- 「撮影報告 「花園の迷宮」 / 木村大作」『映画撮影』第100号、日本映画撮影監督協会、1988年5月20日、26 – 29頁、NDLJP:7954665/15。
- 高岩淡(東映・専務取締役)・鈴木常承(東映・常務取締役営業部長)・小野田啓 (東映・役員待遇宣伝部長)、聞き手・松崎輝夫「本誌・特別インタビュー 『夏から新春へ強力布陣そろう―東映、第66期の大攻勢を語る』」『映画時報』1988年3、4月号、映画時報社、6頁。
- 「●1988年度日本映画ビデオソフト売上ベスト10」『AVジャーナル』1989年2月号、文化通信社、47頁。
外部リンク
- 山崎洋子 著書紹介 - 著者サイトにおける紹介
- 映画.com
- MovieWalker
- テレビドラマデータベース
- 花園の迷宮 - allcinema
- 花園の迷宮 - KINENOTE
- 花園の迷宮 - IMDb(英語)