苅田種継
苅田 種継(かりた の たねつぐ)は、平安時代初期の貴族・儒学者。姓は首。子に紀安雄がいる。官位は従五位下・助教。
凡例 苅田 種継 | |
|---|---|
| 時代 | 平安時代初期 |
| 生誕 | 不明 |
| 死没 | 不明 |
| 官位 | 従五位下・助教 |
| 主君 | 淳和天皇→仁明天皇 |
| 氏族 | 苅田首 |
| 子 | 紀安雄 |
逸話
仁明天皇は経学を深く尊んでいて、しばしば儒者を召して、御前で議論をさせていた。ある時天皇は、大学博士・御船氏主と助教・苅田種継の両人を召して経義について議論させた。氏主は礼を執り、種継は伝を挙げ、激しい議論の末、決着がつかなかった。当時、怪力の持ち主であった左近衛・阿刀根継と右近衛・伴氏永の二人が相撲上手で天下無双とされていたことから、天皇は戯れに氏主を氏永に、種継を根継に例えたという[2]。
脚注
- 『日本後紀』天長8年8月10日条
- 『日本三代実録』仁和2年5月28日条
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