若林漸
わかばやし ? 若林 漸 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 職歴 |
TBSアナウンサー →編成局報道部 →調査局考察部 →テレビ編成局編成部 →調査局社史編集室 |
| 活動期間 | 1951年 - 1955年 |
| 出演番組・活動 | |
| 出演経歴 | ボクシング中継 |
備考 ラジオ東京アナウンサー1期生 ラジオ東京最初のスポーツ実況担当アナウンサー 日本の民間放送初のボクシング中継実況担当者 | |
経歴
1951年10月、12月の開局を控えていたラジオ東京(のちのTBS)[注釈 1]にアナウンサー第1期生として入社[1][2]。
1952年2月9日には、日本の民間放送初のボクシング中継[3](日本バンタム級タイトルマッチ白井義男対堀口宏戦[4][3])で同局アナウンサーとして最初のスポーツ実況を担当した[1][2][注釈 2]。元々若林はボクシングのことを全く知らず、ディレクターの尾上高一[3]に連れられジムへ行き用語指導を受けた上で中継に臨んだ[6]。中継第一声は「皆さんこんばんわ、どうぞ、ラジオの前にお集まり下さい」[6]。
しかし、3月にNHKからスポーツ実況経験者である小坂秀二と近江正俊が移籍。以降ボクシング実況はこの二人が担当することとなり、実況はこの1回限りとなった[3]。
1955年10月には編成局報道部へ異動しアナウンス職から離れた[2]。その後、1959年5月から調査局考察部[2]、同年10月からテレビ編成局編成部[2]、1960年4月から調査局社史編集室へと異動を重ね[2]、1961年8月にTBSを退社した[1][2]。
注釈
- 1955年4月から2001年9月までラジオテレビ兼営局。1960年11月29日に東京放送へ社名変更。2001年10月にラジオ局がTBSラジオ&コミュニケーションズへ、2009年4月にテレビ局がTBSテレビへそれぞれ分離し、持株会社「東京放送ホールディングス(TBSHD)」となった。
- なお、開局以来初のスポーツ中継は、同年1月の『大相撲春場所実況』だったが、実況は新日本放送(NJB。後の毎日放送)アナウンサーの杉本隆平と江本三千年が担当した[5]。
出典
- 『TBS50年史』P235より、若林の情報を参照。
- 『TBSアナウンサーの動き』P3より、若林の情報を参照。
- 『私とTBS -TBS20周年におもう-』4ページに掲載された、郡司信夫(ラジオ東京初中継解説者)のコメントより。
- 『TBS50年史』P54
- 『TBS50年史』資料編P191掲載のラジオ番組一覧表より、『大相撲春場所実況』番組情報を参照。
- 『座談会 ラジオ開局前夜』9ページより、当時大阪で中継を聞いていたという小坂秀二の発言を参照。「」内はその発言部分より引用。
参考資料
- TBS50年史(2002年1月、東京放送編・発行)…国立国会図書館の所蔵情報
関連項目
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