荀林父
生涯
中行の将
晋の名門として名高い荀氏は、荀息の代に献公の謀臣として虢や虞を滅ぼす一助を成すなどの権勢を振るったが、その後の奚斉、悼子の横死のあおりを受けて荀息が自害したことで家勢が傾き、恵公の頃の荀氏は逼塞状態に追い込まれていた。
しかし、文公が即位して後の紀元前633年、晋に三軍が設置された際に荀林父は文公の御者に任じられ、ここから荀氏の家勢が上向き始める。翌紀元前632年、文公が三行の兵(歩兵部隊)を編成したときは、その統率に当たる中行の将に任じられ、荀林父はこれに感激して中行を氏とした。
脚注
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