菅原師竹
経歴
陸奥国登米郡登米(現・宮城県登米市)に生まれる[1]。幼少期に元藩儒の中沢敬哉に経史を学ぶ[1]。菅原家に養子になり、農業をする[1]。旧派俳諧に属したが[2]、1904年に安斎桜磈子と知り、共に日本派の俳句入る[1]。1905年から河東碧梧桐の俳句の指導を受ける[2]。新傾向時代初期に活躍し「師竹・桜磈子時代」を画す[1]。「続春夏秋冬」「日本俳句鈔」などに多く句を収め、安斎桜磈子編「師竹句集」がある[1]。
脚注
- 『20世紀日本人名事典』日外アソシエーツ、2004年。
- 『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』講談社。
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