菊名貝塚
概要
現在は主に菊名5丁目内の埋蔵文化財包蔵地(県遺跡番号:港北区No.195、市遺跡番号:港北区No.198[1])の範囲を示す。宮谷貝塚は、1929年(昭和4年)土地所有者が農作業中に地下の堆積した貝塚を発見したことに始まる[2]。1937年(昭和12年)に運輸省(現・国土交通省)の寮が建築される際に本格的な調査・発掘が開始され、日本犬のうち、とりわけ小型犬が多く発掘されたこと、縄文早期から前期への土器の変化が細かくわかるため、貴重な資料である。
脚注
- 横浜市 2004 『横浜市文化財地図』
- 桑山 1980 『菊名貝塚の研究』
参考文献
- 『日本歴史地名大系』(平凡社)
- 桑山龍進 1980 『菊名貝塚の研究』菊名貝塚研究会 NAID BN02718671
- 横浜市教育委員会 2004 『横浜市文化財地図』NAID BB23262051
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