菊鹿盆地
概要
東を迫間丘陵(阿蘇溶結凝灰岩)、西を関町丘陵(中生代花崗岩類)、北を筑肥山地、南を肥後台地(段丘礫層)に囲まれた盆地である。
穀倉地帯で、産米は質よく、菊池米として有名である。
約9万年前から弥生時代頃まで「茂賀の浦」と呼ばれるサロマ湖に匹敵する巨大湖があったが、そこが干上がり肥沃な盆地となったといわれる[1]。11世紀初頭になってやっと豪族が土着し、菊池氏を名乗り、有力化して中世に活躍した。
同じ肥後の豪族である阿蘇氏が、神武天皇にも深く繋がる古い氏族であるのと比べ菊池氏の出現が遅いのは、阿蘇カルデラに比べて陸地化が遅かったためと考えられる。
脚注
- 太古の湖「茂賀の浦」と「狗奴国」菊池 単行本 – 2016/1/1中原 英 (著) ISBN 4906897304 ISBN 978-4906897308
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