華州 (陝西省)
唐代
618年(武徳元年)、唐により京兆郡鄭県・華陰県に華州が再設置された。742年(天宝元年)、華州は華陰郡と改称された。758年(乾元元年)、華陰郡は華州の称にもどされた。華州は関内道に属し、鄭・華陰・下邽の3県を管轄した[3]。
宋代
宋のとき、華州は永興軍路に属し、鄭・華陰・下邽・蒲城・渭南の5県を管轄した[4]。
金のとき、華州は京兆府路に属し、鄭・華陰・下邽・蒲城・渭南の5県と赤水・関西・敷水・素化・新市・荊姚の6鎮を管轄した[5]。
脚注
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