葦高村
葦高村(あしたかそん)は、かつて岡山県窪屋郡・都窪郡にあった自治体である。現在は倉敷市倉敷地域の葦高・大高・老松(一部)地区に分かれている。
| あしたかそん 葦高村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1901年4月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 大市村、葦高村 → 大高村 |
| 現在の自治体 | 倉敷市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中国地方(山陽地方) |
| 都道府県 | 岡山県 |
| 郡 | 都窪郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 総人口 |
2,221人 ([1]、1899年) |
| 隣接自治体 | 倉敷町、万寿村、大市村、福田村 |
| 葦高村役場 | |
| 所在地 |
岡山県都窪郡葦高村西中新田 |
| 座標 | 北緯34度34分47秒 東経133度45分37秒 |
| ウィキプロジェクト | |
概要
村名はこの地方の氏神である足高神社にちなむ[1]。東高梁川の沖積によって阿智潟と呼ばれる干潟が存在し、江戸期に本格的に開発された新田地帯で、足高山の周囲に位置した[1]。
1892年(明治25年)に東高梁川の氾濫による大洪水で10日間以上も浸水し、また翌1893年(明治26年)も大水害に見舞われた[1]。
地理
- 山:足高山
沿革
当時の主要施設
- 足高神社
地域
当時の管轄地域は、現在の地域では以下の通り。いずれも倉敷市。
参考文献
- 岡山県大百科事典編集委員会編集『岡山県大百科事典』(1979年)山陽新聞社
- 『岡山県市町村合併誌 市町村編』(昭和35年)岡山県
- 巌津政右衛門 『岡山地名事典』(1974年)日本文教出版社
- 下中直也 『日本歴史地名体系三四巻』(1981年)平凡社
脚注
- 角川日本地名大辞典 中国地方「葦高村」
関連項目
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