葵丘の会盟
歴史
紀元前651年、斉の桓公は宋領の葵丘(現在の河南省商丘市民権県)に魯・宋・衛・鄭・許・曹等の国相が盟を結んだ。桓公は五条の禁令を定めた。周の襄王は宰孔を派遣した。周から周王室の祖先(文王・武王)の祭祀に用いた文武の胙と赤色の矢を賜った。これは周の天子から桓公の覇者の地位を認められたことを意味する。この会盟は斉の全盛期でもあった。
『春秋穀梁伝』・『春秋左氏伝』・『春秋公羊伝』には葵丘の会盟が記載されている。『春秋穀梁伝』は五条の禁令が記されている。
脚注
- または葵丘の会・葵丘の盟
- 『春秋穀梁伝』僖公九年:「毋雍泉,毋訖糴,毋易樹子,毋以妾為妻,毋使婦人与国事」
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