蕭謀魯斡
経歴
蕭素颯の子として生まれた。夷離畢郎君に補任され、文班太保に転じた。太康年間、南京統軍使に任じられ、右夷離畢となった。枢密使の耶律阿思と意見が合わず、憎まれて馬群太保として出向した。遼の北部に侵攻を受けると、謀魯斡がこれを撃退して、功績により同知烏古敵烈統軍となった。
後に誣告を受けて、領西北路戍軍に左遷された。馬群太保として復帰し、死去した。
伝記資料
- 『遼史』巻95 列伝第25
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