藤原方正
経歴
従五位下に叙爵後、一条朝初頭に左衛門権佐に任ぜられる。その後、上野介を務め、長保3年(1001年)治国の功労により従四位下に叙せられている。寛弘2年(1005年)摂津守に任ぜられて再び地方官を務め、寛弘9年(1012年)までに従四位上に叙せられた。
地方官を歴任する一方で藤原道長の家司も務めていたが、長和2年(1013年)8月15日に、道長の妻が外出する際の準備の手際が悪かったとして、道長の自邸の小屋に監禁される仕打ちを受けている[1]。寛仁2年(1018年)後一条天皇が上東門院に行幸した際に他の家司とともに昇叙を受け、方正は正四位下に昇っている。その後、河内守に任ぜられるが、治安元年(1021年)5月に卒去。
官歴
脚注
- 『殴り合う貴族たち 平安朝裏源氏物語』、2005年9月発行、繁田信一、柏書房、P10
- 『小右記』
- 『尊卑分脈』
- 『平安遺文』4609
- 『権記』
- 『類聚符宣抄』241頁
参考文献
- 宮崎康充編『検非違使補任 別巻』続群書類従完成会、2006年
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