藤原諟子
略歴
藤原頼忠の娘で母は厳子女王。永観2年(984年)より承香殿に入り、藤原姚子と同時に花山天皇の女御となった[2]。特別寵愛を受けたわけではないが、終始帝から目をかけられていたと言う[2]。後拾遺和歌集以下の勅撰集に3首の歌が残されている[1]。
参考文献
- 『譯文大日本史弐』(国民文庫刊行会 、1914年、568p)
脚注
- 『藤原諟子』 - コトバンク
- 国民文庫刊行会 1914, p. 568.
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