藤田泰子
来歴
宮城県仙台市生まれ。東京にある武蔵野高等女学校(現・武蔵野女子学院高等学校)を卒業。1946年からアーニーパイル劇場に出演。1950年に吉村公三郎監督の松竹『春雪』のヒロインに抜擢され、同作品で銀幕デビュー。同年の中村登監督『エデンの海』では、鶴田浩二を相手役にヒロイン清水巴を演じた。1951年の吉村監督『偽れる盛装』に助演した後フリーになり、本多猪四郎監督『南国の肌』(1952年、木曜プロ)、大曾根辰夫監督『鞍馬天狗 天狗廻状』(同、松竹)、小石栄一監督『南海の情火 ギラム』(同、東映)など、各社の作品に出演。1953年に結婚のため映画界を去った。夫は音楽プロモーターの永島達司[1]。外タレの応対にはその美貌を活かしたという[1]。
参考文献
- 『日本映画人名事典・女優編・下巻』、キネマ旬報社、1995年8月
脚注
- “最前線記者覆面座談会 男優より女優の方がいまは幸せ? かつてのスクリーンのアイドル 原節子、折原啓子らどこでどうしている…”. 内外タイムス (内外タイムス社): p. 10. (1975年1月31日)
外部リンク
- 藤田泰子 (jmdb.ne.jp)
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