蘭淑儀
生涯
慕容皝に嫁いで側室となった。326年(東晋の咸和元年)、男子を1人産んだ。337年(東晋の咸康3年)、慕容皝は自ら燕王と称し前燕を建て、蘭氏も淑儀(嬪)に封じられた。
384年正月、子の慕容垂は燕王を自称、後燕を創建した。慕容垂は、兄の慕容儁(前燕の景昭帝)とその皇后可足渾氏の生前の所業に恨みを抱いており、嫡母である段氏(慕容儁の生母)に代えて実母の蘭氏に文昭皇后の諡号を贈り、父帝の宗廟に配享した。
弟の蘭汗は、後燕の僭主となった。
男子
- 慕容垂(後燕の成武帝)
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