蟹養斎
人物
生誕地は阿波国とも安芸国ともいい、詳細は不明[2]。6歳のとき、尾張国に移り、布施氏の元で育った[2]。21歳のとき、京都の三宅尚斎に学ぶ[2]。名古屋で私塾を開き、尾張藩から5人扶持を与えられる[1]。寛延元年(1748年)に至って、私塾の巾下学問所を設けた[2]。経営難のため宝暦元年(1751年)に学問所を閉じ、尾張の地を離れている[2]。各地を転々とした後に伊勢国浦田で病没した[1]。
脚注
- kotobank
- 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 1991, p. 454.
参考文献
- 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人名大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日。ISBN 4-04-002230-0。
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