血天井
各地の血天井(由来別)
伏見城
伏見城の戦いでは徳川家康の家臣鳥居元忠らが伏見城で守っていたが、石田方に攻められて建物の大半を焼失し、落城した。鳥居元忠や家臣らが自刃した建物の血痕の残る床板が、供養のために京都などの寺の天井に貼られたといわれる[1]。
岐阜城
池田城
丈六寺
血天井の根拠について
上記の血天井について史料・考古学的に裏付けられたものは存在しない。ただし、正伝寺については古畑種基が人間の血液であることを鑑定しているが、古畑が関わった血液鑑定には数多くの疑惑・誤りが指摘されており、同鑑定についても全面的に信頼するのは危険である。
ちなみに、通常床板には1寸(約30mm)以上の厚みの材を使用するため、これをそのまま天井に再利用するのは難しく、薄く削り直す必要があるが、このような再加工は江戸時代までの加工技術では非常に難易度の高い作業である。なお、木材を素手で触れた場合、脂分の酸化により血天井に類似した模様が浮かび上がることがあり[4]、このような現象を防ぐには手袋の着用や丁寧な拭き取りが必要である。この現象は表面状態の変質によるものなので、現象発生後は拭き取りにより除去することはできず、研磨や切削が必要である。
脚注
出典
- 津田三郎『京都・戦国武将の寺をゆく』サンライズ出版、2007、29ページ ISBN 4-883253201
- 公式
- 公式、京都市
- 手の跡が浮き出てくる?!“壁”“天井”パネル材の使用上の注意 無垢材総合サイト・木材ドットコム
外部リンク
- 宝泉院の血天井
- 「血天井とは」 - レファレンス協同データベース
- 京都伏見桃山城遺構血天井の七ヵ寺 - ウェイバックマシン(2009年7月5日アーカイブ分) - 幕末外刀弾痕の探訪
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