西郷九兵衛
生涯
元禄年間の初め(元禄何年かは不詳)の旧暦12月25日に死去した。平瀬治右衛門[1]の三男が元禄3年(1690年)旧暦12月4日に養子になり、元禄6年(1693年)2月21日に養子成継目の御礼して、西郷吉兵衛と称す(この吉兵衛の曾孫が隆盛の祖父竜右衛門隆充に当たる)。墓は現在、鹿児島市常盤町の西郷家の墓地に代々の子孫の墓とともにある。なお、沢田延音は著作「西郷隆盛翁とその家族」でこの人物の諱を昌隆とし、上記の肥後国の増永城主家の西郷氏の次男であるとしている。
脚注
- 南林寺由緒墓に墓のある茶人の平瀬一鷗は、同一人物で隠居後の名前。
参考文献
- 宮下満郎「西郷家系図の紹介」(「敬天愛人」第23号別刷、西郷南州顕彰会)
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