見川城

見川城(みがわじょう)は、茨城県水戸市見川にあった日本の城

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見川城
茨城県
一郭空堀
一郭空堀
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 箕川長幹
築城年 11世紀
主な改修者 春秋幹光
主な城主 箕川氏春秋氏佐竹氏
廃城年 慶長7年(1602年
遺構 空堀、土塁
指定文化財 なし
位置 北緯36度22分4.6秒 東経140度26分36.74秒
地図
見川城の位置(茨城県内)
見川城
見川城

概要

鎌倉時代初期、水戸城を築城した馬場資朝の四男長幹により築かれた。後に河和田城城主春秋氏の一族が拠り、水戸城の支城として維持された。

小田原征伐後、江戸氏佐竹氏に滅ぼされた後も、水戸城の支城として引き続き使用されたものと考えられている。

構造

桜川低地に面する台地端に占地し、東南端に一郭、一郭の西に二郭三郭が南北に配されている。現在この三郭のみが残るが、周囲には外城、深柵、表坪等の、城郭由来と考えられる地名が残っており、城域は更に外側に拡がっていたものと考えられている。

一郭には東を除く三方に折れを伴う土塁が巡り、特に西端の土塁は高く築かれている。また、四方を深い空堀が囲み、西北に枡形を伴う虎口が開く。二郭および三郭には低い土塁が巡り、三郭西方に開く虎口前面には空堀が、虎口南方の土塁は櫓台状になっている。台地端には一郭と二郭を取り囲む横堀が設けられ、一郭周辺では前述の空堀と合わせて二重堀となっている。

遺構

遊歩道により空堀の一部が破壊されているが、一郭から三郭までの土塁および空堀が良く残る。

関連項目

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