許嘉
略歴
宣帝の皇后で元帝の母の許平君の父の許広漢は、列侯(平恩侯)となったが、後継ぎがおらず断絶していた。そこで初元元年(紀元前48年)に、許広漢の弟の許延寿の中子であった中常侍の許嘉が平恩侯に封じられ、許広漢の後を継いだ。
許嘉は初元3年(紀元前46年)に侍中衛尉から左将軍となり、永光3年(紀元前41年)に左将軍衛尉から大司馬車騎将軍になった。
また、元帝は母の許平君が皇后に立てられてすぐに殺されたのを悼み、許嘉の娘を皇太子(成帝)の妃とした。その娘は成帝が即位すると皇后に立てられた(許皇后)。
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