諸井華畦
経歴
東京(当時は江戸)の書の大家西川春洞の弟子となり、埼玉県本庄町(現在の埼玉県本庄市)の東諸井家に嫁ぎ、諸井時三郎(春畦)の妻となる。夫と共に春洞門七福神の一人に数えられた。姉さとの子である柳田誠二郎を一時養子としていた。夫を早くに亡くした後も書家として活動を続けた。墓所は埼玉県の安養院にある。
華畦が書いた碑に、「行道山碑」「青岸渡寺碑」「春畦居士観瀑詩碑」がある。
参考文献
- 飯島春敬 『書道辞典』(東京堂出版、1975年4月)
関連項目
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