谺雄二
経歴
東京生まれ。1939年ハンセン病発病。国立療養所多磨全生園(東京都東村山市)に入所。1951年国立療養所栗生楽泉園(群馬県吾妻郡)に転園。1962年詩集『鬼の顔』出版。1999年原告として東京地裁にらい予防法人権侵害謝罪・国家賠償請求訴訟を提訴。2001年ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会(全原協)発足。全原協会長。ハンセン病市民学会共同代表。
2002年、群馬県草津町議会議員補欠選挙に出馬(無所属)、落選[1]。2004年には日本共産党第23回大会に代議員として出席し、ハンセン病患者運動や党活動、町議補選などの経験について発言した[2][3]。
2014年5月11日午前3時54分、肺癌のため群馬県草津町の国立ハンセン病療養所栗生楽泉園で死去した[4]。82歳没。
著書
脚注
- “2002年選挙 開票結果”. 上毛新聞. オリジナルの2015年6月16日時点におけるアーカイブ。
- “23回党大会/党大会日誌”. 日本共産党中央委員会. 2019年6月4日閲覧。
- “大会議案の討論 1(1月14日)”. 日本共産党中央委員会. 2019年6月4日閲覧。
- “訃報:谺雄二さん82歳 ハンセン病訴訟全国原告団会長”. 毎日新聞. (2014年5月11日). オリジナルの2014年5月11日時点におけるアーカイブ。
参考文献
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.