走れ!ケー100

走れ!ケー100』(はしれ ケーひゃく)は、TBS系列局ほかで放送されていたテレビドラマである。TBSC.A.Lの共同製作。全51話。TBSでは1973年4月13日から1974年3月29日まで放送。

走れ!ケー100
ジャンル テレビドラマ
企画 佐賀邦夫
脚本 高橋二三
田村多津夫
青野暉
才賀明
田口耕三
田口成光
上原正三
監督 青野暉
枝川弘
中野恵之
出演者 大野しげひさ
大川栄子
秋元京子
杜沢康文
ナレーター 野沢那智(*2 - *5)
音楽 玉木宏樹
オープニング 「ピポピポ旅行」にしきのあきら
言語 日本の旗日本語
製作
プロデューサー 増田弥寿邦
安田孝夫
制作 TBS
放送
音声形式モノラル放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1973年4月13日 - 1974年3月29日
放送時間金曜 19:30 - 20:00
放送分30分
回数51
発車オーライ・走れ!ケー100(前夜祭)
司会者ハナ肇
出演者大川栄子
大野しげひさ
久里千春
初代林家三平
男子小学生100名
女子小学生100名
放送期間1973年4月6日
放送時間金曜19:30 - 20:00
放送分30分
回数全1回

概要

第1話ラストで鹿児島県桜島をバックに国道10号を走り、ケー100と紋太の旅がスタートする(1974年の写真)

蒸気機関車ケー100に乗った主人公が全国各地を回る道中記で、舞台となる土地でロケを行なった。

北海道夕張に到着した第25話「大爆発!会えるかおじいちゃんに…」は、本来最終回として制作された。放映順と違って第24話札幌編の方が後に撮影され、1973年7月31日(第16話放映後)に撮影が終了した。だが局内で新企画の検討が行われるも、折からのSLブームと視聴率が評価され、結局8月20日ごろに延長が決定[1]。笠智衆を含む出演者・スタッフを再び集め、第20話放映後の8月29日から1か月ぶりに撮影を再開。今度は夕張から前年5月に本土復帰した沖縄県に向けて旅を続けることになった。後半の一時期に大川、秋元、石井が出演していないのは、急な番組延長によりスケジュールを合わせられなかったためとされる

ストーリー

鉄工所の息子の末永隆が、スクラップにされるところだった蒸気機関車ケー100を、道路を走れるように修理・改造し、かつてケー100の機関士だった老人・北川久作と再会させるべく、鹿児島から北海道へ向かう計画を立てるが、足に大怪我を負い断念してしまった。それを見かねた薩摩隼人・伊賀山紋太が隆の代わりに北海道・夕張に向け日本各地を縦断する。

だがその後、沖縄から届いた一通の手紙を見て、鉄道のない沖縄の子どもたちのために、ケー100で沖縄へ行くことを決意する。しかしそのケー100を、石橋正彦というペテン師(詐欺師)が狙っていた。石橋はケー100を利用して金儲けを企み、ケー100の後を追っていく。

キャスト

  • 伊賀山紋太 - 大野しげひさ
  • 岡本節子 - 大川栄子(第1 - 27・39・41・43・45 - 47・50・51話)
  • ノブちゃん(石田伸子[注釈 1]) - 秋元京子(第1 - 35・36(声のみ)・48話)
  • 伊賀山嘉代(紋太の母) - 石井富子(第1 - 26・39・41・48話)
  • 末永隆 - 長田伸二(第1 - 3・10・11・15 - 22・25・26・48話)
  • 紋太の父 - 木田三千雄(第1・26話)
  • 隆の父 - ハナ肇(第1・2・48話)
  • 石橋正彦(ペテン師) - 杜沢泰文(第34 - 37・39 - 51話)
杜沢によると、成川哲夫がレギュラーとなる案があったが、最終的にはゲスト出演のみとなったことを証言している[2]
  • 北川久作(ケ-100の最初の機関士) - 笠智衆(第25・26話)
  • 倉田(悪徳興行師) - なべおさみ(第16・17話)
  • ナレーター - 野沢那智(第2 - 5話)

ケー100

国鉄ケ100形蒸気機関車。「ケー100」 (K100) の名の元になったが、形は全く異なる。(横須賀線久里浜駅、昭和20年10月)
門司港駅。第5話でケー100を駅構内の線路をタイヤのまま走らせようとするが、失敗。
関門人道トンネルの、福岡県・山口県境部分。第5話で紋太がケー100の重い煙室扉を抱えて歩いた。
第7話でケー100がくぐった広島県厳島神社の大鳥居。
第17話で店内を走行した小田急百貨店新宿店。
第27話で節子が帰京時に利用した北海道の松前線(1988年廃線)松前駅(1987年撮影)。
第31話「人情機関車と新米刑事」に登場の新潟県磐越西線咲花駅旧駅舎(2004年撮影)。2014年に新駅舎が完成した。

元は50年前から北海道の夕張炭鉱で働いていた軽便鉄道の機関車。廃車になり鹿児島の鉄工所に放置されていたところを、鉄工所の息子である隆少年と近所の紋太(22歳[3])によって修理される。道路を走ることができるように、車輪を鉄輪からゴムタイヤに付け替えられた。(設定上の)重量は5トン[4]

ただの機械ではなく自分自身の意思を持っており、喋ったりはしないが、紋太の言うことを聞かずに勝手に動くこともしばしば。第20話では漁港で引き揚げられたゴンドウクジラに怯えて逃げ出したり、後半ではヘッドライトを袋などで隠されると、意思が封じられ普通の機関車になってしまう弱点を利用され、しばしばペテン師の石橋によって盗まれたこともある。

第5話では関門海峡を渡るために紋太たちが知恵を絞り、最終的にはケー100をポンポン船で運んでもらおうとするが、そのままでは重量オーバーのため重い煙室扉は取り外し、それを紋太が抱えて地下の関門人道トンネルを必死で歩き山口県側まで運んでポンポン船と合流した。

第7話では紋太が海岸にケー100を止めて昼寝中に満潮になり、目を覚ますとケー100が厳島神社近くの海に浮かんでいて、偶然ケー100が水上も走れることが明らかになった。津軽海峡は自力で渡り、北海道上陸を果たした。

第18話で機関車工場(日立製作所水戸工場)の協力を得て鉄輪を取り付け、旅の開始以来初めてレール上を走行した。(勝田駅付近の常磐線の線路と並行している日立製作所従業員輸送用の専用線(1993年廃止)が撮影に使用された)

第25話では再会を記念して機関士姿の北川久作(笠智衆)を乗せ、三菱大夕張鉄道大夕張炭山駅(1973年12月廃止)を走り抜けた。

階段を登ることも可能で、第11話京都滋賀編で神社(名称不明)の石段、第16話で向ヶ丘遊園(現・生田緑地ばら苑)の大階段、第30話で山形県出羽三山神社(羽黒山)の2446段の石段を登った。第39話では鳥取砂丘を縦横無尽に走り回った。

最終回ではハブにタイヤを咬まれて瀕死になり、医者から聴診器で診察されたり血清注射の治療を受けるという、生き物のような扱いをされた。

撮影用の車両はカナダ製の水陸両用車アンフィキャットの改造で、車体部分は軽量化のためFRP製であり、実際に水上を走ったり、階段を登るなどの芸当が可能だった。1 - 3号車の計3台が製作され、1号車を使って3月4日から撮影開始したが、同月中旬に第2話宮崎編のラストを大分県別府市で撮影した際炎上・焼失してしまった。製作準備中だった2号車の完成を急ぎ3月25日に撮影を再開、番組中止の危機を乗り越え、その後2台体制に戻すため急遽3号車も作られた。撮影終了後、残った2台は百貨店などを巡業し、2号車は朝霧高原グリーンパーク(静岡県富士宮市、閉鎖済み)、3号車は沖縄こどもの国に譲渡された。ただし、2台共に現存しない。

番組名は「ケー100」だが、ナンバープレートには「K100」と書かれている。国鉄では実際に軽便鉄道規格の蒸気機関車に「ケ」という称号を付与しており、「ケ100」も実在した。放映当時の新聞記事[5]には、福岡県久留米市にあった廃車体[6]の写真が保育社カラーブックス「蒸気機関車」(1968年、広田尚敬)において「久留米の、ある屑鉄屋の店先に置かれたケ100」(併記された英語解説文では、KE100)として紹介されたことが、企画のヒントになったことを示唆する記述がある。その機関車は2004年時点では現存が確認されているが、荒廃が進んでいる[7]。なお「ケ」の付く機関車としては、ケ90形が静岡県浜松市にて静態保存されている。

スタッフ

  • プロデューサー:増田弥寿邦、安田孝夫 (TBS)
  • 企画:佐賀邦夫
  • 監督:「放送日程」参照。
  • 脚本:「放送日程」参照。
  • 撮影:内山五郎、知識護
  • 照明:佐藤勝彦
  • 録音:本田孜
  • 美術:片桐健之
  • 編集:本間元治
  • 助監督:湯川鉄雄、中野恵之、田中秀忠
  • 効果:野尻与彦
  • 制作主任:大庭喜儀、南條記良
  • MA:アオイスタジオ
  • 現像:ソニーPCL
  • 音楽:玉木宏樹
  • 制作:TBS、C.A.L

放送日程

オープニングにクレジットされている全てのゲスト出演者を記した。

回数放送日サブタイトル脚本監督ゲスト
11973年
4月13日
汽笛一声、青い空(鹿児島の巻)高橋二三青野暉ハナ肇如月寛多木田三千雄、清水信一(後の真実一路)、赤城信、栗島ひろし、松阪みね男
24月20日南の島に煙を残して(宮崎の巻)玉村駿太郎、沢田正昭、狭間鉄、関敬六佐伯徹、ハナ肇
34月27日汽笛が呼んだ高原の春(大分の巻)枝川弘白取雅子、南祐輔、田中春男
45月4日機関車野郎をやっつけろ!(福岡の巻)山内友宗、森実重雄(劇団道化)、猿渡冨美子、藤田敏美、辻直之、長根敏行、斧田一規、工藤智章
55月11日しぶきをあびて、突破せよ!(北九州の巻)田村多津夫青野暉梅津栄、吉村景文、今村直樹 、西郡英利、江藤茂利、石川宏士郎
65月18日ドリーネの追跡(山口の巻)西脇政敏野口ふみえ、深田恒存、小林達彦、石島正勝
75月25日シュッシュッポッポ海の上!(広島の巻)高橋二三青野暉梅津昭典、青木千里、金井大、池田美佐子、間瀬勝美、成田修子、豊島浩二
86月1日どうして、どうして後もどり?(岡山の巻)枝川弘内海和子、下田知万里、岡嶋邦義、山田佳子、坪田育子
96月8日煙モクモクなんだ坂、こんな坂(兵庫の巻)才賀明染谷利貴、森秋子、岩城和男、馬場勝義、暁新太郎
106月15日隆くんがやって来た(大阪の巻)藤岡重慶大村崑高田次郎[8]、中森肇子
116月22日お百度まいりの石段登れ!(京都・滋賀の巻)田口耕三青野暉児島美ゆき八汐路佳子、布目真璽、森田夏代、深田章子、小島三代能、荒井則博
126月29日おかしなおかしな鵜飼い(岐阜の巻)田村多津夫サリー・ウォーカー、小柳冴子、岩田直次、大森久綱
137月6日海水浴はいい気持ち(愛知の巻)杉山よしお、浜田寅彦、南知子、舟木淳、柳有
147月13日ニセモノ紋太富士を行く(静岡の巻)高橋二三枝川弘福島資剛、乙黒ますみ、細川俊夫穂高稔
157月20日ほんとにきちゃった海賊船(神奈川の巻)天野美保子、加藤嘉如月寛多、尾美利徳(後の尾美としのり)、岩本和弘
167月27日サン、ニイ、イチ、大階段を登れ!(東京の巻)田口耕三青野暉なべおさみ柳生博、山田慶造、江夏宏城、藤木満寿夫、森今日子、吉松政子、徳川清(徳川龍峰)
178月3日危機いっぱつ!屋上の対決(東京の巻)なべおさみ、湊俊一、江夏宏城、藤木満寿夫
188月10日進めや進めレールの上を(茨城の巻)高橋二三枝川弘酒井克彦、高津住男寄山弘、謙昭則
198月17日牛乳運んでピポピポピ(福島の巻)岩崎和子
208月24日相手が鯨じゃでかすぎるョ(宮城の巻)高峯圭二(高峰圭二)、橋本仙三
218月31日チャグチャグ機関車でお嫁入り(岩手の巻)中野恵之才賀明川口恵子、門間利夫、成瀬昌彦
229月7日おばけなんかはへいちゃらさ(青森の巻)田口耕三青野暉本間文子、伊東あつ子
239月14日はるばる来たぜ北海道(函館の巻)田口成光長谷川秀人、外野村晋和沢昌治、金田修、結城守夫
249月21日火事だよ、機関車大ピンチ(札幌の巻)枝川弘(ゲストなし)
259月28日大爆発!会えるかおじいちゃんに…(夕張の巻)高橋二三笠智衆、宮田真、末吉敏男、村井洋
2610月5日めざすは沖縄出発進行!(夕張の巻)田口成光青野暉笠智衆木田三千雄宮田真、紺野秀樹[9]、丸谷小一郎、福沢千比呂
2710月12日機関車は櫓で行くギッチラコ(松前の巻)田口耕三成川哲夫、渋谷健一
2810月19日機関車ゆうかい大事件!(弘前の巻)三浦誠、田島義文、笠本俊介
2910月26日機関車は名探偵(秋田の巻)高橋二三枝川弘玉川良一、山崎純、黒田英彦、大山貴子、逗子トンボ、玉川フクロー
3011月2日それ行け登れ!二千段(山形の巻)野口英行、中村是好曽根秀介、堤昭夫、平原正敏
3111月9日人情機関車と新米刑事(新潟の巻)田口耕三姫ゆり子、生方中、坂部文昭白石奈緒美
3211月16日ニセモノ機関士大爆走!(佐渡の巻)田口成光中野恵之住吉正博三井弘次、柳下達彦、林靖子、坂井成
3311月23日霧の中の遭難…(富山の巻)高橋二三松原和仁、福田公子、桜井正良、松本健一
3411月30日機関車ツボ焼き大繁昌!(能登の巻)田村多津夫青野暉西山恵子、小林テル、北條正治、簡野典子
3512月7日名産はカマ焼きの壷?(金沢の巻)田口耕三北川美佳(後の喜多川美佳)、北沢彪、相原臣典、亀田秀紀、藤田利行、佐藤浩彦、矢代圭
3612月14日ペテン師騒動(福井の巻)高橋二三枝川弘人見きよし庄司永健成川哲夫、長江治、勝治淳、船木浩行、山本武、美濃部厚、千葉清和、
3712月21日機関車は魚のお家(三方五湖の巻)柿崎澄子、三谷幸子、人見きよし、庄司永健、勝治淳、長江治
3812月28日機関車は親孝行(舞鶴の巻)田口耕三村田千榮子、江原一哉、大原百代、松田真理
391974年
1月4日
機関車タコは一等賞(鳥取の巻)青野暉佐瀬陽一、渡辺厳一、富山真沙子、高木二郎
401月11日教頭先生は大助かり(大山の巻)青野暉簾内滋之(すのうち滋之)、小園蓉子高品格、紅理子、鈴木唯志
411月18日少年は冒険せよ(萩の巻)川崎公明(後の加川明)、泉よし子、織本順吉
421月25日ペテン師がダマされた(唐津の巻)高橋二三枝川弘ゆうきみほ大塚弘君夕子
432月1日奇跡が起った!(平戸の巻)田口耕三岩崎洋也、渡辺千世、永井玄哉
442月8日機関車と不良少女(長崎の巻)青野暉朋みはや、田村明彦、たうみあきこ中島元、富家郁子、磯田由紀子
452月15日機関車闘牛計画をつぶせ(天草の巻)高橋二三橋本美佳神谷信弘、山野辺敦、高村章子
462月22日噴火だ!救助隊出発(阿蘇の巻)田口成光多和田聰、松下砂雅子、小川宗一、花上晃、田村孝司(無双大介)、田中清治
473月1日機関車をノックアウトせよ(指宿の巻)高橋二三枝川弘津坂浩史、田中筆子、松田剣、柳田金一、猪又睦彦
483月8日機関車は薩摩隼人でごわす(鹿児島の巻)ハナ肇高原駿雄大矢兼臣、塚田たかし
493月15日助けて!紋太さんの幽霊だ(沖縄の巻)竹下景子、紺野英樹[9]平良トミ、宮城勉、平凡太郎
503月22日おじいちゃんの軽便鉄道(沖縄の巻)上原正三藤原釜足[注釈 2]、石立昭男、梶正昭仲嶺真永金城哲夫
513月29日進め!夕日のかなたへ(沖縄の巻)田口成光・青野暉青野暉山本耕一松風はる美猪谷聡北村三郎、翁長武

エピソード

  • 放映開始1週間前の4月6日には、前夜祭特別番組として『発車オーライ! 走れ!ケー100』が放送された。これは、本作品の出演者たちが番組の宣伝を兼ね、スタジオに招かれた男女100人の小学生たちが男性・女性チームに分かれ、玉入れなどのいろいろなゲーム合戦を競うという内容であり、司会はハナ肇(本編では末永隆の父役)、男性チームキャプテンは大川栄子(同・岡本節子役)、女性チームキャプテンは大野しげひさ(同・伊賀山紋太役)と久里千春、応援役は初代林家三平がそれぞれ務めた[10]
  • ルートの都合により、栃木県群馬県山梨県長野県三重県奈良県和歌山県四国各県は通らなかった。当初は四国が含まれていて、大分県・別府から愛媛県八幡浜市松山市高知県桂浜徳島県鳴門を経て大阪府へ至るストーリーが検討されていた[11]。しかし、「早く夕張に着くために最短距離で行くべきだ」という意見が出て、実際の作品では変更された[12]東京都から茨城県へ行くには埼玉県千葉県を通る必要があるが、その過程は省略された。
  • 第8話 - メインゲストの幼稚園児・マリ役は、後におニャン子クラブのメンバーになる内海和子
  • 第15話 - 当時7歳の尾美としのりが少女・みどり(天野美保子)の同級生役(黄色のシャツを着ているほう)で出演。尾美の確認されている限り最も古い出演作である[13]
  • 第25・26話 夕張編 - 北川役で出演した笠智衆は、スタッフが交渉したところ「テッパリ(スケジュールが重なった仕事)はわしが先方に断る、是非出演したい」と言い、絶対に飛行機には乗らないと業界で有名だったが、我慢して乗ってまで出演してくれた。孫がケー100のファンで必ず出演すると約束していたという[14]
  • 第26話 - ケー100に沖縄へ来てもらうよう夕張まで頼みに来た少年は、金城哲夫という役名だった[15]。これは脚本の田口成光、青野監督が、かつて円谷で仕事をした関係で共に金城と親しかったため、沖縄繋がりで自然と役名が決まったという[12]。第49話では、金城哲夫少年の姉を竹下景子(当時20歳)が演じた。
  • 第34話 - 助監督の田中秀忠は乱暴な運転で屋台を壊した犯人、撮影の知識護はケー100をバックに恋人の写真を撮ろうとして石橋にモデル代を請求される役でゲスト出演している[12]。二人とも台詞は一言。
  • 第38話 - 枝川弘は自身が監督したこの話で、古着屋の主人役でカメオ出演している。
  • 第50話 - 沖縄戦で破壊され廃線となった沖縄県営鉄道を扱った脚本は、沖縄出身の上原正三が担当した[16]。上原と親交があり、円谷プロを退社し沖縄に帰郷していた脚本家・金城哲夫が医者役で出演している[16][注釈 3]。2005年5月発売のドキュメンタリーDVD「金城哲夫 西へ!」では金城の出演場面が収録され、一部ではあるがこれが本作品初のソフト化となった。上原の参加はこの1本だけであったが、後年のインタビューで思い出深い作品であったと述べている[16]
  • 最高視聴率は第22話の14.9%(関東地区・ビデオリサーチ調べ)。全話中、山場となる夕張到着までの第22 - 25話のみ全て14%台であった。当初は8 - 9%台であったが、第7話以降は第47話を除いて2桁台を維持していた。

楽曲

主題歌

ピポピポ旅行/いいじゃないか
にしきのあきらシングル
A面 ピポピポ旅行
B面 いいじゃないか
リリース
ジャンル アイドル歌謡
レーベル CBS・ソニーレコード
作詞・作曲 山上路夫(作詞)
かまやつひろし(作曲)
にしきのあきら シングル 年表
僕はおまえが好きなんだ
(1973年)
ピポピポ旅行/
いいじゃないか

(1973年)
僕はもう泣かない
(1973年)
「ピポピポ旅行」
作詞:山上路夫 / 作曲:かまやつひろし / 編曲:馬飼野康二[17] / 歌:にしきのあきら / レーベル:CBS・ソニーレコード(現:ソニー・ミュージックレーベルズ[18]
この曲は、にしきののベストアルバムCD『GOLDEN J-POP/THE BEST にしきのあきら』(1998年11月発売 / ソニーレコード / SRCL-4416)や『GOLDEN☆BEST にしきのあきら』(2009年9月発売 / ソニー・ミュージックダイレクト / MHCL-1614)などに収録されている。
また、こおろぎ'73初期のメンバー・まきのりゆきによるカヴァー版が東芝レコード東宝レコードから発売されており、CD『昭和テレビ歌謡 ベスト30』(2004年8月発売、東芝)に収録されている。
2014年には、カラオケDAMでの配信が開始された[19]

挿入歌

「いいじゃないか」
作詞:山上路夫 / 作曲:かまやつひろし / 編曲:馬飼野康二 / 歌:にしきのあきら
にしきのによるオリジナル版は未CD化。作曲者のかまやつ本人によるカヴァー版がアルバムLP『釜田質店』(1973年発売)に収録、1994年にCD化されたが、廃盤となっている。

放送局

系列は放送当時のもの。

放送対象地域 放送局 系列 放送時間 備考
関東広域圏 TBS TBS系列 金曜 19:30 - 20:00 製作局
北海道 北海道放送[20]
青森県 青森テレビ[21] TBS系列
NET系列
岩手県 岩手放送[22] TBS系列 現・IBC岩手放送
宮城県 東北放送[22]
福島県 福島テレビ[23] TBS系列
フジテレビ系列
新潟県 新潟放送[24] TBS系列
山梨県 テレビ山梨
静岡県 静岡放送
中京広域圏 中部日本放送[25] 現・CBCテレビ
近畿広域圏 朝日放送 現・朝日放送テレビ(テレビ朝日系列)[26]
鳥取県島根県 山陰放送
岡山県 山陽放送 現・RSK山陽放送
当時の放送対象地域は岡山県のみ
広島県 中国放送
山口県 テレビ山口 TBS系列
フジテレビ系列
NET系列
高知県 テレビ高知 TBS系列
福岡県 RKB毎日放送
大分県 大分放送
宮崎県 宮崎放送
沖縄県 琉球放送
石川県 北陸放送[27] 水曜 18:00 - 18:30
長野県 信越放送[28]
長崎県 長崎放送
熊本県 熊本放送
鹿児島県 南日本放送 金曜 18:00 - 18:30
山形県 山形放送 日本テレビ系列 火曜 18:00 - 18:30 本放送終了後に放送[29]

系列局の一部では、当時日本テレビの『コント55号のなんでそうなるの?』→『マチャアキのシャカリキ大放送!!』を同時ネットしていたために時差ネットとなった。

映像ソフト

本作品を収録したDVD-BOXジェネオンエンタテインメントから発売された。第5・7・17・26・45・51話は、青野監督と知識護(撮影チーフ)によるオーディオコメンタリーを音声特典として収録。次回予告はフィルム紛失のために未収録である。

  • めざせ!夕張編(第1 - 25話、2007年9月21日発売)
  • 行くぜ!沖縄編(第26 - 51話、2007年11月21日発売)

関連書籍

  • 岩佐陽一「最終回にほえろ! Part3」(同文書院、2000年2月発売)
    ケー100を大きく取り上げ、青野暉監督インタビューを掲載。番組終了後にソ連と合作で映画化の企画が持ち上がり、参考に京都編のフィルムを見せるなどしたが、日本側で乗ってくれる映画会社が見つからず結局実現しなかったという話が青野監督から明かされている。ケー100が北海道からシベリアへ渡り、レニングラードへ向かう構想だったという。
  • 高石朝夫「走れ!ケー100の青春」(文芸社、2012年8月発売)
    企画・原作者の佐賀邦夫がペンネームで執筆した、ケー100制作現場を描いたドキュメンタリー風フィクション小説。第2話撮影中のケー100炎上事故に多くページが割かれている。人名、社名、ケー100以外の作品名などは架空のものに変更されている。大野しげひさ→大山しげゆき、大川栄子→王禅寺英子、TBS→東京中央テレビ、「男はつらいよ」→「さすらいの辰五郎」など。
  • 「上原正三シナリオ選集」(現代書館、2009年8月発売)
    第50話「おじいちゃんの軽便鉄道 沖縄の巻」のシナリオ「うるま島発銀河特急便」を収録。
  • 青野暉監修・佐賀邦夫編集「走れ!ケー100 その奇跡の旅路記録写真集」(「走れ!ケー100」第一回放送終了35周年記念記念写真集編纂委員会、2009年10月発行)
    スタッフ、出演者、ファンなどが所蔵するケー100に関する写真、資料を一挙に掲載した同人誌。80ページ。大半のゲスト出演者の役名の記載もある。国会図書館東京本館、関西館にて閲覧可能[30]

玩具・レプリカなど

  • 1/43 走れ!ケー100 No.01 ケー100前期型
  • 1/43 走れ!ケー100 No.02 ケー100後期型
    2007年11月、アオシマ(青島文化教材社)から発売。ケー100を1/43スケール塗装済み完成品で模型化。第26話以降、車体の色が青から紺色に変わっているため、前期型と後期型の2種類が発売された。ゴムタイヤ姿の他、同梱の鉄道車輪(回転はしない)に取り替える事で、劇中の線路走行シーンを再現出来る。動力ユニットは別売り。2015年8月現在、後期型のみメーカー在庫がある[31]
  • タカトク製ソフビ玩具
    放映後にケー100を引き取った朝霧高原グリーンパークで販売されていた物は、パッケージの日本地図で同パークの位置が示されている。そのデッドストックの未開封品を多数ノスタルジックヒーローズ(静岡市)が販売している[32]
  • まぼろしソフビシリーズ第1弾 走れ!ケー100
    2007年11月、トーイズから発売。ソフトビニール製。タカトクの商品を元にしている。
  • 2017年発泡ポリエチレン製の実物大レプリカが自主製作され、千葉県松戸市内の昭和の杜博物館などで期間限定展示された。足回りは実物の種車であるアンフィキャットに酷似したアメリカ製水陸両用車MAXを電動式に改造した物で、自走も可能である[33]

脚注

注釈

  1. 石田伸子という本名は設定のみで、作中で呼ばれることはなかった。
  2. クレジットの藤原鎌足は誤植。
  3. 藤原釜足が演じる元軽便鉄道機関士を診察する医者の役。

出典

  1. 「走れ!ケー100 その奇跡の旅路記録写真集」P35
  2. 金田益実「INTERVIEW 杜澤たいぶん」『別冊映画秘宝 特撮秘宝』vol.3、洋泉社、2016年3月13日、pp.69-71、ISBN 978-4-8003-0865-8。
  3. 第16話のセリフより。当時の大野しげひさは33歳。
  4. 第5話より。これは通称「5トン機関車」のケ100形蒸気機関車と同程度。臼井茂信「国鉄狭軌軽便線 5」鉄道ファン1983年6月号 (No.266) P88参照
  5. 毎日小学生新聞・昭和48年3月1日(発車オーライ!走れケー100)
  6. この廃車体は鉄道ファン1968年7月号、1985年3・5月号、1999年11月号、RailMagazine1994年6月号、臼井茂信「機関車の系譜図 2」(1973年、交友社)などでも紹介された。ただしカラーブックスの「ケ100」という説明は誤りで、実際はケ100とは無関係の機関車である。
  7. 山下商店の「深川」。 - 編集長敬白アーカイブ「山下商店のSL」(泡沫軌道部)
  8. クレジットの二郎は誤植。
  9. 金城哲夫少年役。第26話では「紺野秀樹」、第49話では「紺野英樹」とクレジットされている。
  10. 毎日新聞 縮刷版毎日新聞社、1973年4月6日。 ラジオ・テレビ欄。
  11. DVD「めざせ!夕張編」解説書に採録の企画書。
  12. DVD「行くぜ!沖縄編」解説書
  13. 尾美は公式には1978年、13歳で市川崑監督の映画『火の鳥』でデビューしたことになっており、正確なデビュー作は不明。
  14. 「走れ!ケー100 その奇跡の旅路記録写真集」P33
  15. 第49話で登場した際には次回で金城哲夫本人が登場するため、役名を名乗ることも呼ばれることも無かった(第51話オーディオコメンタリー・青野監督の発言)。
  16. 「スーパー戦隊制作の裏舞台 上原正三」『スーパー戦隊 Official Mook 20世紀』《1975 秘密戦隊ゴレンジャー》講談社〈講談社シリーズMOOK〉、2018年3月24日、31頁。ISBN 978-4-06-509616-1。
  17. オープニングにはクレジットされていない。
  18. 放送当時の1973年8月21日に法人名をCBS・ソニーレコード株式会社から株式会社CBS・ソニー(現:株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント)に称号を変更したが、番組オープニングのテロップは最終話までCBS・ソニーレコードのままだった。
  19. 演歌・歌謡 今月の最新配信曲2016年9月25日閲覧
  20. 北海道新聞』(縮刷版) 1973年(昭和48年)4月13日 - 1974年(昭和49年)3月29日付朝刊、テレビ欄。
  21. 『河北新報』1973年4月13日 - 9月7日付朝刊、テレビ欄。
  22. 『河北新報』1973年4月13日 - 1974年3月29日付朝刊、テレビ欄。
  23. 『福島民報』1973年4月13日 - 1974年3月29日付朝刊、テレビ欄。
  24. 『福島民報』1973年7月6日 - 1974年3月29日付朝刊、テレビ欄。
  25. 北日本新聞』1974年3月29日付朝刊、テレビ欄。
  26. 本放送終了後の1975年3月31日毎日放送ネットチェンジした。
  27. 『北日本新聞』1973年9月12日付朝刊、テレビ欄。
  28. 信濃毎日新聞』1973年9月12日付朝刊、テレビ欄。
  29. 『河北新報』1974年8月6日 - 8月27日付朝刊、テレビ欄。
  30. 走れ!ケー100 : その奇跡の旅路記録写真集 : 第一回放送終了35周年記念記録写真集 (「走れ!ケー100」記念写真集編纂委員会): 2009|書誌詳細|国立国会図書館サーチ2016年3月9日閲覧
  31. 道路を走る機関車! アオシマ 1/43 走れ!ケー100後期型 入荷しました上新電機Joshin web J-鉄道部)2016年3月9日閲覧
  32. 「最終回にほえろ! Part3」、タカトク「走れ!ケー100フィギュア」-ノスタルジック・ヒーリーズ2014年11月16日閲覧
  33. Googleフォト「ケー100再生プロジェクト」

関連項目

外部リンク

前後番組

TBS系列 金曜 19:30 - 20:00
前番組 番組名 次番組
テレビリクエストスタジオ スター総登場
(1972年10月6日 - 1973年3月30日)
走れ!ケー100
(1973年4月13日 - 1974年3月29日)
星の子チョビン
(1974年4月5日 - 9月27日)
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