超越
超越(ちょうえつ、英: transcendence)とは、普通の程度を遥かに越えること、または、ある物が別の高い次元にあることを表す語彙・概念である。ここでは後者、とりわけ西洋の神学や哲学(形而上学)における、特殊な用法としての「超越」について解説する。
概要
下述するように、「超越」概念は、(人間自身も含む)感覚可能で流動的な「物理現象界」との対比で、「その物理現象・物理法則に囚われない(超越した)存在」を想定・表現・形容する際に持ち出される概念である。
したがって、「超越」概念は、常に対照的な「物理現象界」の何か(もしくは全体)との対比によって語られる。
また、その「超越」的な存在は、素朴に「神/神々」とされることもあれば、非人格的な「抽象的存在」が想定されることもあり、論者によって異なる。ただし、いずれの場合も、「世界の根源性・原因性・存在性」と結びつけられて論じられることが、ほとんどである。
また、「超越」の名にふさわしいように、「物理現象界に属する我々人間には、それは捉えきれない、語り得ない」と処理・表現されることも多い。
歴史
古代
古代ギリシアにおいては、「超越」のような発想は、元々は「死すべき無知な人間・動物」と「不死で全知全能な神々・神霊」という対比において、「神々・神霊」の「不死・全知全能」ぶりを形容・強調するための素朴なものだった。
哲学において、「超越」の概念を最初に明確に打ち出したのは、パルメニデスである。彼はヘラクレイトスが打ち出した「万物流転」(全ては流動的・現象的)というテーゼに対抗して、世界の存在性・恒常性を担保する「本質存在」(ト・エオン)の概念を論理的に提唱した。
このパルメニデスの思想に影響を受けたプラトンは、その根源的な「本質存在」(ト・エオン)を、「善のイデア」や、その神格化である「創造主デミウルゴス」に置き換えつつ、それと「物理現象界」の中間に、多様な「イデア」から成る「イデア界」を想定・提唱した。
他方でアリストテレスは、自然学的な性格が強いため、「デミウルゴス」の代替概念である「不動の動者」を除き、諸存在は「形相」と「質料」の結合体であると見做し、超越については積極的に語らない。
参考資料
- 哲学事典(平凡社、ISBN 978-4-582-10001-3)