近藤隆左衛門
略歴
藩の町奉行・物頭を勤めていた。藩世子の島津斉彬の襲封を画策し、それに反する家老島津久徳らお由羅派の暗殺を謀議したとの咎で、嘉永2年(1850年)高崎五郎右衛門らとともに出頭を命ぜられ、即日切腹させられた(謀議の真偽については不明)。隆左衛門は特に重罪とされ、士籍剥奪に加えて死後刑も処せられた。ちなみに士籍は子の金吉の代で回復した。
系譜
- 父:近藤泰盛
- 母:不詳
- 妻:不詳
- 男子:近藤金吉
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