逸見万壽丸

逸見万寿丸 源清重(へんみまんじゅまる みなもときよしげ、1321年 - 1378年)は南北朝時代の豪族。正平年間(1346-1369)に紀伊国日高郡矢田庄の領主となった[1]。領内の神社や寺を整備し、後に能『道成寺』や歌舞伎『京鹿子娘道成寺』の題材となる、道成寺の二代目釣鐘を寄進し、銘文にその名を刻んでいる。

 
凡例
逸見万寿丸
時代 南北朝時代 (日本)
生誕 元亨元年(1321年6月25日
死没 天授4年/永和4年(1378年12月22日
別名 源清重
戒名 薔廓院智山永峯居士(しょうかくいんちざんようぶこじ)
墓所 瑞雲山来迎寺
氏族 逸見氏
父母  父:逸見満清  母:覚性禅尼
兄弟  兄:逸見守王丸源満重
正室:川上則秋娘
逸見小五郎源重隆 他1男3女

大日本国法華験記』や『今昔物語集』の説話によれば、道成寺の初代釣鐘は平安時代に安珍・清姫の事件で焼けて埋められたとされる。万壽丸は平安から南北朝まで400年にわたり存在しなかった鐘を再興したことになる[2]。その再興の鐘供養に清姫の亡霊が白拍子となって現れたという筋で、能『道成寺』や歌舞伎『京鹿子娘道成寺』などの道成寺物と呼ばれる古典芸能の作品群が作られた。

道成寺本堂の北面に祀られている秘仏千手観世音菩薩(重要文化財、像高341cm)も本堂再建と同時に造像されたとされ[3]、万寿丸以外に施主が想定できないと推測されている[2]

2021年(令和3年)に生誕700年を迎えることから、「道成寺物の釣鐘を作った人物」として顕彰する「逸見万壽丸生誕七百年を祝う会」(万寿会)が創設された[4][5]

脚注

  1. Kii zoku fudoki. Niida, Nan'yō, 1770-1848., 仁井田, 南陽, 1770-1848.. 臨川書店. (1990). ISBN 4-653-02169-4. OCLC 673104919. https://www.worldcat.org/oclc/673104919
  2. 道成寺絵とき本. 道成寺. (2016)
  3. 『特別展 道成寺と日高川』和歌山県立博物館、2017年10月14日。
  4. 万壽丸生誕七百年祭開催へ 道成寺に釣鐘を蘇らせた男 二代目里帰り、北面秘仏の中開帳”. 紀州新聞 (2020年12月24日). 2020年12月26日閲覧。
  5. 万壽丸生誕700年を祝う会が発足”. 日高新報 (2020年12月23日). 2020年12月26日閲覧。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.