道野王
経歴
淳和朝の天長9年(832年)二世王の蔭位により无位から従四位下に直叙される。仁明朝の承和3年(836年)武蔵守に任ぜられる。
嘉祥3年(850年)仁明天皇崩御後の初七日で近陵七ケ寺に遣使が行われた際、道野王は桧尾寺に派遣された[1]。文徳朝の仁寿元年(851年)次侍従を経て、仁寿3年(853年)従四位上に至る。斉衡2年(855年)3月13日病気により卒去。最終官位は散位従四位上。
人物
酒色に耽ったが、謹み深く真面目で温厚であり、傲慢な様子はなかった。また、管弦に非常に優れたという[2]。
官歴
『六国史』による。
脚注
- 『日本文徳天皇実録』嘉祥3年3月27日条
- 『日本文徳天皇実録』斉衡2年3月13日条
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