郡山宿本陣
概要
旧西国街道(山崎道)の3番目の宿場である郡山宿にある本陣で、国の史跡に指定されている。
旧西国街道(山陽道の一部)は古来奈良時代から重要な道として存在し、京都や奈良から西へ向かうための主要幹線道路の役目を果たしており、郡山駅宿として古来より郡山宿は栄えていたこともあり、江戸時代には京都・西宮間の街道にある5つの宿場のちょうど中間点にあるため、西国大名などの参勤交代等に郡山宿が利用されてこの本陣を利用されていた。現在、国の史跡に指定されているが、現在も当主が在住しており、見学等については原則予約が必要(原則5名以上・10日以上前に予約)である[1]。なお、一般特別公開が年2回開催され、その期間は予約不要で、4人以下でも見学できる[2]。
本陣の規模
本陣および脇本陣が設置され、火災等での緊急に立ち退きが必要になった時のために現在の箕面市小野原および、茨木市十日市の東西に非常立退き所を定めていた。常時人夫30人・馬36匹が用意され、それでも不足がでた場合には、付近の村落より集められていた。本陣の当主は代々善右衛門と称し一橋家より帯刀が許されていた[3]。
大名の通行量
記録に残る宿泊者等
現在の建物
現地案内看板によると、「享保3年(1718年)に類焼にあい、建物とともにほとんどの古記録が焼けてしまい、現在の建物は、享保6年(1721年)に西国諸大名などの寄付によって再建されたものです」と書かれてある。 母屋・土蔵・茶席・納屋(牢屋兼用)などが享保6年の施設のまま現存する(2001年(平成13年)に一部改修された)。
周辺歴史施設等
脚注
- “郡山宿本陣(椿之本陣)”. Ibaraki City. 2021年3月28日閲覧。
- “3月5日~13日 椿の本陣特別公開”. 大阪府茨木市. 茨木市 (2016年12月27日). 2021年3月28日閲覧。
- 井上正雄 (1975-1976), 大阪府全志 巻之三, 大阪府全志, 3 (復刻 ed.), 清文堂出版全国書誌番号:73012615
- 大阪府教育委員会 歴史の道調査報告書 第6集 西国・丹波街道 平成2年3月31日発行
外部リンク
- 国史跡 郡山宿本陣, 茨木市
- “国史跡 郡山宿本陣 - 椿の本陣”, 本陣案内パンフレット
- 椿の本陣(郡山宿本陣), 大阪観光局
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