郭頒
経歴
西晋に仕え、令史となった[2]。後に襄陽県令となった[3]。著作に『魏晋世語』10巻、『群英論』1巻[4]がある。これらの著作はいずれも散逸し、『三国志』に裴松之が注釈としてつけた部分のみが現存している。『魏晋世語』は後世には唐の太宗李世民の諱を避け、『魏晋代語』[5]、『魏晋代説』[6]などと呼ばれた。
評価
裴松之は「見識が乏しく、文章は音の響きも悪い。最も卑劣な作だが、変わった記事が多いので世間によく読まれており、干宝、孫盛らが多く採用している。そのなかには誤りが多い」と極めて辛辣な評価をくだしている[7]。
注釈
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