都橋
都橋(みやこばし)は、神奈川県横浜市中区の大岡川に架かる橋である。南西から北東に流れる大岡川と、吉田町通り(横浜道)が交わり、左岸(北西側)は野毛町、右岸は吉田町および福富町西通となる。本橋上流側には並行して水管橋が架かっている。
| 都橋 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 国 |
|
| 所在地 | 神奈川県横浜市中区 |
| 交差物件 | 大岡川 |
| 建設 | 1928年 |
| 座標 | 北緯35度26分49秒 東経139度37分52秒 |
| 構造諸元 | |
| 形式 | 桁橋 |
| 材料 | 鋼 |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
歴史
初代の橋は幕末の1859年(安政6年)、欧米に開港された横浜港と東海道を結ぶ横浜道の一部としてに架けられた。当時は「野毛橋」と呼ばれる木造橋であった。1868年(明治元年)5月8日に大雨で流失。この時に、橋の下に船を通せるよう半円形の反りを持たせた木造橋に架け替えられた。1872年(明治5年)には、増加する馬車の往来に耐えられるよう、幅の広い橋に架け替えられた。この時に橋の位置を上手に5mほど移され、橋台を新製した。旧野毛橋の廃材は、上流の栄橋(黄金町駅近く)に転用された。近くに柳橋と桜橋があり、『古今和歌集』の「見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける」の歌から「都橋」に名を改めたのもこの時である。
1882年(明治15年)には吉田橋に次いで鉄製ボーストリングトラス橋に架け替えられた。『明治工業史』の中で「比類なき出来栄え」と称賛され、長者橋とともに横浜中心街や横浜駅(現在の桜木町駅)などを結ぶ要路としての役割を果たしたが[1]、1923年(大正12年)に関東大震災で崩落した。1928年(昭和3年)に震災復興事業として架け替えられ、1983年(昭和58年)に改築されて、現在の姿になる[2]。
脚注
- 『よこはまの橋・人・風土』
- “横浜市内には多くの橋が架けられています。普段は何気なく渡っている「橋」に面白いエピソードはないのかキニナル!”. はまれぽ (2013年10月22日). 2015年4月21日閲覧。
- 都橋交番 神奈川県警伊勢崎警察署(2023年6月10日閲覧)
- 野毛都橋商店街ビル 文化庁(2023年6月10日閲覧)
- 都橋商店街
- “昭和へタイムスリップする「都橋商店街」にも女子店舗”. 日経トレンディ (2013年10月25日). 2015年4月21日閲覧。
- [いいね!探訪記]野毛都橋商店街ビル(横浜市中区)昭和のおもてなし 酔いしれて『朝日新聞』夕刊2023年6月10日3面(同日閲覧)
参考文献
- 小寺篤『よこはまの橋・人・風土』秋山書房、1983年10月8日、88-90頁。
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