鄭応沖
鄭応沖(朝鮮語: 정응충)は、中国宋の文官であり、朝鮮氏族の瑞山鄭氏の始祖である。
| 鄭応沖 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 정응충 |
| 漢字: | 鄭応沖 |
中国宋の浙江省浦江県人で判将作監事であり、宋の尚書員外郎を務めたが、宋の滅亡のため高麗に亡命した。
鄭応沖の息子の大護軍鄭臣保の功績により、1182年に富城県に封ぜられ、知瑞山郡事に列せられる功労を立てた。以後、瑞山鄭氏は瑞山の最も有力な一族となった。
参考文献
- “서산 정씨 瑞山鄭氏”. 향토문화전자대전. オリジナルの2022年9月21日時点におけるアーカイブ。
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