野田山
野田山(のだやま)は、石川県金沢市の市街地からほど近い山である。
| 野田山 | |
|---|---|
![]() 野田山墓地 | |
| 標高 | 約180 m |
| 所在地 |
石川県金沢市 |
| 位置 | 北緯36度31分36秒 東経136度39分58秒 |
![]() | |
頂上近くに国土地理院の三等三角点(「野田山」と命名)があり、その標高は175.09mだが、山の最高点はここから南東方にあり、地形図の等高線から標高180mを越えると考えられる。
野田山墓地
1587年(天正15年)前田利家が兄利久を葬ったのが始まり。その後、利家本人もここに葬られ前田家の墓所となり、さらに家臣、町人、百姓など身分、宗派に関わらない墓地となった。現在はおおむね前田家墓所、市営墓地、および石川県が陸軍から引き継いだ戦没者墓地の3つのエリアに分別される。
野田山三角点古墳
三角点が立つ微高地は「野田山三角点古墳」[3]に指定されている。
直径42mの円墳で、北加賀では最大級の規模を持つが、周囲との比高は2~3mと、直径に比して低平な墳丘である。尾根側には幅8mの溝、斜面には幅1.5mのテラス状整形を施すことで周囲との境としている。
年代を確認する遺物資料を得ていないが、低平な墳丘から、定形化古墳が出現する以前の4世紀段階の所産と考えられている。
脚注
- “金沢市の文化財と歴史遺産―加賀藩主前田家墓所”. 金沢市. 2018年10月6日閲覧。
- 梅軒尹奉吉義士 殉国80周年記念追悼式 在日本大韓民国民団 2012/12/20
- 「北加賀地域古墳群分布調査報告」『石川考古学研究会々誌 第22号』石川考古学研究会(1979年)
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