金田 兼次郎(かねだ けんじろう、1844年10月26日(弘化元年甲辰9月15日)- 1914年(大正3年)1月15日)は、江戸時代末期(幕末)から明治時代、大正時代の彫刻家。象牙を主に扱った。
浅草に住し、牙彫家および牙彫商として活躍。内外の博覧会に出品し、受賞を重ね、日本美術協会や東京彫工会の役員、審査委員などの重職を歴任した。享年71歳。墓所は青山霊園[1]。