鈴木健太郎

鈴木 健太郎(すずき けんたろう、1980年6月2日 - )は、日本の元サッカー選手

鈴木 健太郎
名前
愛称 ガチ
カタカナ スズキ ケンタロウ
ラテン文字 SUZUKI Kentaro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-06-02) 1980年6月2日(43歳)
出身地 北海道士別市
身長 177cm
体重 71kg
選手情報
ポジション DF
利き足 左足
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

プロフィール

旭川実業高校から1999年ベルマーレ平塚(現-湘南ベルマーレ)に入団。しかし出場機会を得られず、2001年に左利きのサイドバックを探していた柱谷幸一監督率いるモンテディオ山形に移籍。ここでレギュラーポジションを獲得し、同クラブの上位進出に貢献したことで注目される。

2003年東京ヴェルディ1969に移り、さらに同年8月からアルビレックス新潟期限付き移籍2004年に完全移籍[1]。2006年、新潟を契約満了により退団したが、ヴァンフォーレ甲府のセレクションに合格し、入団した[2]。甲府ではFWにコンバートされ、出場時は3トップの左を主に担当した。

当初は数試合に出場していたものの5月頃からベンチ入りすらできない状態が続き、6月に入ると練習にも参加しない状態となり、6月19日に甲府より退団および現役引退が発表された[3]

愛称

新潟時代は「玉葱」、甲府時代は「ガチ」と呼ばれていた。

新潟での愛称は、試合中に負傷したために頭部に包帯を巻き復帰。その後にゴールを決めて「玉葱がやったよ~!」と味方選手に走り寄った事が紹介されて以来、そう呼ばれるようになった。

甲府では、林健太郎鈴木健太と、姓および名前が同じ選手がいるので、新たな呼び名が必要だったことから、藤田健によってガチと愛称を名付けられた(プレーがガチガチしていることから)。そして鈴木健太の存在もあって、活字媒体での表記が原則的に姓のみの場合でも「鈴木健太郎」とフルネームで表記されるケースが生じ、大きなインパクトを与えた(漢字3文字までしか表記できない場合、鈴木健太郎は「鈴木郎」、鈴木健太は「鈴木健」と表記)。同年4月11日開催のナビスコ杯新潟戦では鈴木健太とのスタメン揃い踏みを果たした。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1999平塚28J100000000
2000湘南24J210102040
2001山形264322020472
2002340-10350
2003東京V5J16040-100
2003新潟35J2172-20192
20044J1803010120
200570200090
200600400040
2007甲府2020200040
通算日本J1 24015010400
日本J2 94430701044
総通算 1184180801444

代表歴

出典

  1. 鈴木健太郎 選手 加入(完全移籍)のお知らせ』(プレスリリース)アルビレックス新潟、2004年1月13日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000046402017年10月26日閲覧
  2. “甲府・鈴木健太郎が退団”. スポーツ報知. (2007年6月19日). オリジナルの2007年10月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071007110016/http://hochi.yomiuri.co.jp:80/soccer/jleague/news/20070619-OHT1T00045.htm 2017年10月26日閲覧。
  3. 鈴木健太郎選手、現役引退のお知らせ』(プレスリリース)ヴァンフォーレ甲府、2007年6月19日https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=000502312017年10月26日閲覧

外部リンク

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