鈴村拓也

鈴村 拓也(すずむら たくや、1978年9月13日 - )は、愛知県名古屋市出身のサッカー選手フットサル選手、フットサル指導者。日本フットサルリーグ(Fリーグ)のデウソン神戸監督。ポジションはフィクソフットサル日本代表

鈴村 拓也
名前
愛称 スズ
ラテン文字 Takuya SUZUMURA
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-09-13) 1978年9月13日(45歳)
出身地 愛知県名古屋市
身長 175cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム デウソン神戸
ポジション フィクソ
背番号 2
利き足
ユース
四日市中央工業高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-20?? 神戸ハーバーランドC
20??-2005 マグフットサルクラブ
2005-2008 タラベラFS
2008-2009 バルガスFS
2009-2017 デウソン神戸
代表歴
2000- 日本代表
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

サッカー

愛知県名古屋市出身。1997年に三重県立四日市中央工業高校を卒業してJリーグヴィッセル神戸に入団。プロサッカー選手として2年間プレーし、1998年シーズン終了後にヴィッセル神戸を退団。

フットサル

ヴィッセル神戸退団後には合同トライアウトなどで移籍先を探したが、契約には至らなかった[1]。コーチとしてフットサル場に就職し、2000年に神戸ハーバーランドクラブでフットサルに転向した。フットサル開始から1年も経たず、2000年にフットサル日本代表に初招集された。AFCフットサル選手権には2000年から9年連続出場。

2005年4月にはスペインに渡り、2005-06シーズンから2部リーグで計4年間プレー。バルガスFSでは2年目にレギュラー、3年目にはキャプテンを務め[1]、チーム内に「あべしッ!」などのギャグを流行らせた[2]。3年目には毎試合35分程度出場し、シーズン途中には首位に立ったこともあった[2]。2008-09シーズンはタラベラFSでプレー。2006年には日本代表としてアジア選手権初優勝。

2009-10シーズン途中にFリーグデウソン神戸と契約。2011-12シーズン第10節シュライカー大阪戦では、ゴールライン際でのクリアがハンドと判定されて退場処分を受ける場面があった。

2012年12月9日の試合後、上咽頭癌と診断されたことを明らかにした[1]。5度の抗癌剤投与や35度の放射線治療などを行い、入院中の2013年3月には第一子(長男)が誕生[1]。体重は7kg減ったが、5月に退院して6月に練習を再開した[1]。闘病中にはサッカーのJリーグ選手会などが鈴村のために募金活動を行っており、サッカー日本代表の香川真司からはサイン入りユニフォームが届いた[1]。9月22日の湘南ベルマーレ戦で9ヶ月ぶりに戦線復帰[3]。この試合には2013年夏から右上葉肺腺癌を患って闘病生活を送っている湘南の久光重貴も駆けつけている[3]。2014年9月27日の府中アスレティックFC戦でFリーグ通算100試合出場を達成した。Fリーグ史上88人目。

所属クラブ

サッカー

アマチュア
プロ

フットサル

指導クラブ

代表選出歴

サッカー

  • U-15サッカー日本代表候補
  • U-16サッカー日本代表候補
  • U-17サッカー日本代表候補

フットサル

個人成績

サッカー

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1997神戸34J60002080
1998250000
通算日本J 6000
総通算 6000

フットサル

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本リーグ戦オーシャン杯全日本選手権期間通算
2005バルガススペイン2部
2006
2007
2008タラベラ
2009-10神戸20Fリーグ ?? ?
2010-112 ?? ?
2011-12258
2012-13 ?? ?
2013-14163
2014-15288
2015-16
通算日本Fリーグ
日本
総通算

出演

脚注

外部リンク

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